私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

別役実 インタビュー(2004)・『千年の三人姉妹』(2)

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——やはりその影響下にはあったと?

 

別役 要するによく出来ているんですね、近代劇って。もちろんチェーホフは近代劇になってない、使ってないわけね。ほとんど不条理劇と言っていいくらいで書いているんですけども。それを書き直して改めてチェーホフにしようとすると、僕らの中で眠っていた潜在的近代劇が出てきちゃう。これが変なの(笑)。近代劇が出てきちゃうとチェーホフじゃなくなっちゃうんですよ。だからホントに奇妙な体験をしたという感じがしますね。つくづくオリジナルを書くほうが楽だなぁと(笑)。

 

——ほかに苦労したのはどんなことですか?

 

別役 台詞でも、「生きなければいけない」とか、硬い台詞があるでしょう。あれは日本語に直してしまって、我々の日常語にするとだめなんですよ。これはロシア人がロシア語でやってたんだという風にやると、間接的にその中の抽象性が見えてくるんです。日本語で「生きていかなければ」とすると、なんとなく日本語の言葉じゃないって感じがするわけ。チェーホフの今までの翻訳劇は全部そんな感じで、ちょっと堅苦しい翻訳語を通じて、むしろ理解されてた。日本語にしちゃうと体がついていけないような言葉になってしまう。そこも大変でしたね。それを日本語にして、日本の風土の中でどういう言葉にしていくか、あるいはどういう衝動にしていくか、今回取り組んでみてよくわかったことですね。

 

——しかし、日本人はチェーホフ好きとよく言われます。

 

別役 日本人というか東洋人の肌に合うところがありましてね。舞台空間に漂っている空気が東洋に共通するニュアンスがあるからだと思います。舞台に吹いている風に対する親近感が持ちやすい。それが圧倒的な説得力になったと思いますね。

 

 長年の盟友・藤原さんのこと そして若い演劇人のこと

——演出はゴールデン・コンビの藤原新平さんですが、やはり一番安心して任せられる?

 

別役 そうですね。お互いに言わなければならないことは、大半もう言い合って終わってるという感じですから。だから暗黙の了解事項が、長年一緒に仕事してると溜まっちゃいますね。それに寄りかかってしまうという問題があるんだけども、でもやっぱり一番安心して間違いなく、コミュニケーションできるという、そういう安定感みたいなものがあります、長いことやりましたから。僕も藤原さんから、文学座の演技システムなんかだいぶ聞きましたし、不条理劇も文学座の世話物っぽい演技力を付け足すことによって、もうひとつスタイルが出来たということがありますから。そういう、総合的に刺激し合ってきたってあるんじゃないですかね。

 

——藤原さんの演出に対して、別役さんが何か注文をお出しになることはあったんですか?

 

別役 ありましたよ。有効か無効かは別として、僕はわりと口出すほうなんです。言い合いながらやってきましたからね、最近はなくなりましたが。でも今回の『三人姉妹』はかなり稽古場にも行くだろうと。食い下がる気はしてるんですけど。

 

——ところで最近は別役さんの作品を若い世代の演出家たちが取り上げていますが。

 

別役 面白いですね。若い演出家がやってくれると、すごく刺激的なんですよね。僕の台詞は一応固有のテンポがあるんですけども、彼らは違うテンポでやっている。例えば『マッチ売りの少女』なんか若干古い時代の作品の再演ですが、僕は再演ってあまり好きじゃなかったんですよ、一度書いた作品を読むのもいやで(笑)。とくに60年代ぐらいに書いた作品ってね、わりと心情吐露の台詞が多いんです。モノローグ文体で心情吐露の台詞が多いと、なんとなくいたたまれない、そういう感じがあったんです。ところが彼らがやると、心情吐露の部分が生でなくなる。言語感覚がだいぶ違うんですね。台詞は心情吐露みたいなベタベタした感じじゃなくて、別な形で演出をしていた。これがわりと快かったんです。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんが『病気』をやった時も、僕らとは完全に違うタッチで、喜劇タッチでしたから。朗らかに笑えたという感じがしましたね。

 

——では若い劇作家たちのナンセンスな笑いに対する感覚は育っていると思われますか?

 

別役 育っていると思います。ナンセンスな部分感覚が突出して優れていますね。ただ60分とか1時間20分とかにまとめ上げる構成力がない。でも、いい感覚を持った若い劇作家はいっぱいいますよ。台詞なんかも会話がうまい。僕らが駆け出しのころは自分が言いたいことは長台詞でバッと主人公に言わせちゃう。どうしてもその衝動から逃れられないんですよ。僕の初期作品はだいたいそうなってますけども。今の人たちはね、言いたいとこはモノローグで出てこない。こういう状況がありますよというのを、対話文体で見せちゃう。優れた部分感覚の劇作家たちがひしめいてますからね。新しい構造というものを身につけて、我々の思いもよらないようなドラマツルギー(作劇法)がドーンと現れてくるような可能性は、おそらくここ10年くらいで出てくると思うんですよね。それだけわりと成熟してきている。そういう意味では、芝居は元気だという感じはするんですよ。 

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——最後に、チェーホフのほかの作品を今後手がけるお気持ちは?

 

別役 『桜の園』や『ワーニャおじさん』はやってみたいですね。チェーホフというのは不思議な作家ではありますね。言いがたいところがあって。少なくとも近代劇的なドラマツルギーでは割り切れない作家です。僕も時代を越えて前の場面で死んだ人が、次の場面で生きているというようなことは、わりと自由にやっているんですけどね。「多次元宇宙」と言うんですが。場が変わると全然違う世界になるわけです。チェーホフの中にも、それがあるんですね。ストーリーじゃないんです、構造なんですね。それがかなり徹底しているんです。チェーホフ四大劇のうち『かもめ』がやりにくいと僕が感じるのは、どうもストーリーで解釈されがちな傾向があるからなんです。そうではなく、あれは多次元で、だからストーリーでつなげては困るというのがあるんですね。チェーホフは、ストーリーが糸のようにつながった形で体験してもらいたくないってところがあったと思うんですね。登場人物たちの位置関係というものが、微妙に変化しながら、時代が経っていきましたということを書いていて、そうすると、むしろ時代が主人公で、その中にいる人たちが無意識に位置取りしていたという感じになりたいのが、チェーホフの意思だと思いますね。

以上「アートスフィア」2004年1~3月号より引用。 

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