朗読やナレーションの仕事でも知られる俳優の江守徹が、10月に別役実作の舞台『鼻』に主演する。その江守氏がかつて朗読したり声優のひとりとして参加したりした音源(新潮カセットブック)を聴きながら、トークをするという催しが神楽坂であった。日曜日だが、江守氏は終了後すぐに稽古場へ向かうとのことだった。聞き手は新潮社の森重良太氏が務める。
新潮カセットブックをは1980年代に始まり、文庫本と同じ大きさで書店に置きやすく人気が出たという。森重氏は当時カセットブックを担当していた(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
江守「「山月記」を最初に読んで(朗読して)。中島敦を(当時は)知らなくて、読んでいい作品だと思って読むようになりました。
読むってことは動きを伴わない。声だけで心理を表現する。声を張ってるんじゃなくて、微妙な表現ができるから好きです。劇団の試験を受ける前に朗読が助けになるかと思って、研究所に入る前から個人的にやってまして。好きな仕事の分野ですね。
言い間違えたら繰り返すことができる。言い直せばいいって気楽さもありますね。万が一間違えてもってことで、いつも本番のつもりでやってますけど。
くちびるを開ける音が録られちゃう。ぼくは気にしないですね。むしろページをめくる音が入っちゃう。出さないようにするのに気を遣います。おそるおそるやるってことはありますね」
まず中島敦「山月記」を、テキストを読みながら聴いた(1988年の録音)。配布資料には当時の江守氏の写真がある。
江守「いまと変わってないですね(一同笑)。中島敦はやっぱり難しい。聴いたって判らない。字を見てるから判るけど。言葉を聴いただけでは判りにくいですね。中島敦が自分に合うとは思ってないです。
自分で自分の言うこと(朗読)を聴くと、欠点ばかり目につくというか耳につきますね。
読むには内容を把握しなきゃいけないので、そりゃ(事前に)読みますよ。何回もは読みません。1回読んでスムーズにいけば、判ってるなって思えば繰り返す必要はないですね」
つづいて志賀直哉「城の崎にて」(同じく1988年の録音)。
江守「難しかった記憶はありますね、固有名詞がね。地名とか。志賀直哉は朗読されることは意識してなかったんでしょうね。「後養生」なんて、何だいそりゃって気がしますね」
ここまでは江守氏単独の朗読だったが、つづいてオーディオドラマ「ハムレット」。ハムレット役が江守氏で、久米明など大勢の役者が参加している。1993年にNHKサービスセンターで3日間かけて収録されたという。
江守「覚えてないな。ちょこっと久米さんのことは覚えてるかな。「ハムレット」は原文で読みましたけどね。「to be or not to be」は翻訳者で全部違う。おかしなことですよ。生か死か、このままでいいのかいけないのか。英語の勉強にはよくないですね(笑)。
(聴いてみて)やだね。厭なもんですよ。演じやすいのは日本の芝居ですね。シェイクスピアなんてやるもんじゃないですよ」
改めて別の場面を聴くが、江守氏は「だから日本でシェイクスピアをやっちゃいけない!」。
最後は、やはりオーディオドラマの「アマデウス」。「アマデウス」は江守氏が戯曲を自ら翻訳して(『アマデウス』〈劇書房〉)日本公演の準備をしていたが、松竹に権利をとられてしまったのだという。松竹版(1982)では松本幸四郎が主役のサリエリを演じ、江守氏にはモーツァルト役の依頼が来た。
江守「サリエリは誰がやる?と思いましたね。モーツァルトもいい役で。そのときはちきしょうめと思いましたけど(一同笑)」
1994年のオーディオドラマについては「いや、覚えてない」。
江守氏の翻訳では、サリエリが神に対して用いる二人称を、あなたからお前に途中で変えている。
江守「原語では you の言い方を変えてますね。英語だと人称代名詞も I だけで、おれって言ったり私、それがしって言ったりね」
主演舞台『鼻』は、別役実が「シラノ・ド・ベルジュラック」をモチーフに書いたもの。1994年に三津田健が主演した。江守氏は「シラノ」を久々にやりたかったが、今回は日本の戯曲というコンセプトなので『鼻』になったのだという。
江守「(「シラノ」は)何年か以内にいずれやると思いますけど、ぼくがやった中でいちばん好きなもののひとつです。『鼻』は演出家が選んできたんですけど、「シラノ」の台詞も出てきますからね。
(別役実作品は)初めてです。『鼻』はそんなに判りにくいってことはないからね。自然に入っていきましたよ。いま立ち稽古の5日目くらいですかね。
「シラノ」をやりたい気持ちはまだありますよね。だけど別役作品は初めてで、どう自分がやるかは興味があるね。面白いと言えば面白い、面白くないと言えば面白くない。あの人の作品を見るとだいたいそうじゃないですか(一同笑)。昔の三津田さんの『鼻』は見てないです。(劇中では)車椅子に座ってますから、ほとんどらくですね(一同笑)。みんな動かしてくれる。ぼく自身も2、3度「シラノ」をやってますから、その兼ね合いを見ていただきたいと思いますね」