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対談 別役実 × 岩松了 “2大作家がチェーホフを語り尽くす!”(2004)・『千年の三人姉妹』(1)

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 アントン・チェーホフ没後100周年を記念して上演された、別役実作『千年の三人姉妹』(2004)。そのパンフレットに、別役と岩松了の両氏の対談が掲載された。

 別役追悼の意を込めて、以下に引用したい(用字・用語は可能な範囲で統一し、明らかな誤字は訂正した)。 

桜の園・三人姉妹 (新潮文庫)

桜の園・三人姉妹 (新潮文庫)

岩松 別役さんがチェーホフ作品に関わられたことって、これまでにありましたっけ?

別役 いや、初めてだよ。でも、じつは若い頃に少しだけ関わったことがある。早稲田大学で“自由舞台”という演劇サークルに入ったときに、新入部員の勉強会でチェーホフ作品を下敷きにした『ポルカトイッキ』という芝居に出たことがあって、僕は将軍の役だったんだけど、これがクソミソに言われてね。それで役者をあきらめた。だから、チェーホフにあまりいい感情を持ってないんだよ(笑)。それまでは、いちばん読めるなあという感じがして、好きだったんだけど。あなたはだいぶ前から読んでたんでしょ?

岩松 チェーホフは、高校のときからなんとなく読んでましたね。ただ、僕は別役さんと違って、戯曲というもの自体、あまり読んでいないんです。だから、好きと言えば好きなんだけど、ほかの作家と比べてどうこう言うことができなくて。たまたま近所にいたから知ってる、みたいな雰囲気で今までずっときたので、改めて「どこがどう好き?」とか聞かれても困るなぁという感じなんですよ。

別役 チェーホフって、言いにくいよな。「どこがいい?」って聞かれても。

岩松 そうなんですよ。だから最近は、作品のことは言わないで「人柄が好き」とか、そんな風に答えてます。「あの控えめな性格がいいんじゃないですか」とかね(笑)。もちろん、チェーホフの人柄を直接知っているわけではないんですけど、小学校を造ってあげたとか、医者で、無料で診察してあげたとかいう話を聞くと、やっぱり控えめな人だったんだなという気がするし。

別役 僕はね、劇作家は喜劇作家と悲劇作家に大きく分けられると思ってるんですよ。それでいくと、チェーホフは最終的に喜劇作家。それが好きか嫌いかっていうのが、決定的なポイントになると思うんですね。イプセンなんかは悲劇作家系列だから、喜劇作家系列に入る我々の琴線には、いまひとつ触れにくい感じがする。そんなことない?

岩松 というか僕、イプセン読んでないんですよ。じつはブレヒトも読んだことがない。本当に戯曲を読まない人間で(苦笑)。でもシェイクスピアなら、いくつか読んでますよ。やっぱりシェイクスピアチェーホフって、二大巨頭っぽい印象があるじゃないですか。で、読んでみて思ったんですが、シェイクスピアよりチェーホフの戯曲のほうが、肉体について書かれているんじゃないかと。

別役 それはどういったわけで?

岩松 チェーホフは、人間というのは見られる定めにあって、見られるがゆえにいろんな感受性が働き、それこそ真実じゃないことまで吐き続ける…っていう風なことを書いてますよね。そこには当然“人間には無駄な肉体が備わっている”という意識が確実にある気がするんです。かたやシェイクスピアは、精神のドラマを書いているに過ぎないという印象を僕は持っていて。だから演者もしくは演出の立場から言えば、チェーホフのほうが難しい。人に見られている時間というのはどういうものか?というようなことを、常に意識する必要がある。シェイクスピアは“見られる”というよりは“見せる”体裁で走っていくじゃないですか。どういう風に人にアピールするかが、わりと先行しているというか。

別役 なるほどね。

岩松 さっきチェーホフの人柄という話をしましたけど、戯曲のこういった印象は人柄につながっている気がするんですよ。それでいくと、別役さんはたぶんチェーホフ系ですよね。どっちかって言ったら控えめで。唐十郎さんなんかは、たぶんシェイクスピア系なのかな、と(笑)。

別役 (笑)シェイクスピアのほうが見た目の印象が派手だから、一般的には逆に受け取られているんだろうけど、実はそうじゃないっていうところが面白いね。確かにチェーホフのほうが、肉体を持て余しているというか、“持て余している存在感”みたいなものを的確につかんでいる感じがする。

岩松 ええ。人間には必ず無駄な物がつきまとっているっていうことを、確実に意識している戯曲だなぁと僕は感じるんですよね。

別役 最近、そういうあなたとか松本修チェーホフの作品を上演してるでしょ。僕らの世代とは違う新しい解釈が出てきている感じがしますね。たぶん、あなたがチェーホフを読み始めた頃は、堅苦しい歴史観抜きで、わりと素直に読めた時代なのよ。僕らは、社会主義的リアリズム演劇の中で正当化されたチェーホフが出発点だったからね。それに対する反動みたいな形でチェーホフが好きになったのかもしれない。「そういう解釈じゃないチェーホフがいいな」という思いが、ずっとあったから。

岩松 社会主義的にチェーホフを読んで、何か収穫というか、ひっかかりはあるものなんですか?

別役 なんかね、その当時は、無理に社会主義的な歴史観の中のドラマに植え込んだって感じだったよ。あとは、チェーホフ作品の底辺にある情緒的な部分とか、諦観・諦念から社会主義的リアリズムを解読していく、とかね。

岩松 僕なんかにしたら、もう外側の問題は気にならない感じなんですよね。よく“チェーホフは没落貴族を描いている”とか言われますけど、それだって、どうだろうと思う。それより中身、つまり“どういう時間に劇を求めたか”っていうことを考えていくと、外側の問題をそんなに重視しても関係ないような気がするんです。(つづく)

以上、 『千年の三人姉妹』プログラムより引用。

 

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