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鶴橋康夫監督 トークショー レポート・『魔性』(2)

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【若き日々】 

鶴橋「ぼくは新潟の村上出身で光のない暗い町でした。中央大学へ入ったときは、故郷に水洗トイレを持ってこようなんて思っていた」 

樋口「監督にとって創作の原点のようなものは?」 

鶴橋「(学生時代は)60年安保の時代で、毎日(デモに)行ってた。そのころ、ぼくの恩師の樺先生のお嬢さんの美智子(樺美智子)さんが亡くなったりね。テレビを見ていると新聞と違って、警官隊だけでなく抵抗する学生もちゃんと映してた。テレビカメラっていうのは、どこへでもふわっと行って映しちゃう。まるで強姦魔のペニスのようだと思った

 テレビジョンっていうのは遠くを見るっていうのが語源でね。外国のアルジェリアの映像も見られるんだけど、いちばん遠いものって何だろうって考えたら自分の心じゃないかなと。だから心の闇を見てみようと思ってね」  

樋口「鶴橋監督の演出家デビューはよみうりテレビに入社した翌年です。これは随分早いですね」 

鶴橋「助監督だったとき、先輩の荻野慶人さんが「一本撮らへんか」と。10年早いかと思ったんだけど、福生で起きた殺人事件を撮りたいといったら、思った通り「10年早いよ」と(笑)。でも川島雄三監督が「男18越えたらみな同じよ」と言ってくれて、それで藤本義一さんが(脚本を)書いてくれました」 

 

 故・川島雄三監督は、落語「居残り佐平次」などを題材とした映画『幕末太陽傳』(1957)などによりいまもカルト的な人気を誇る。 

 

【俳優たち】 

鶴橋「この仕事をしていると、もめごとを丁寧に処理するのが大事。『五瓣の椿』(1981)を撮ったとき、三國連太郎さんと大原麗子さんがファックする場面があって撮影になっても三國さんが素直にやってくれない」 

 

 『五瓣の椿』は山本周五郎のサスペンスタッチの時代小説で何度となく映画・テレビ化されている。 

 

鶴橋「メイクさんが嬉しそうにやってきて「やらないって言ってる」と。この業界の人はもめごとが好きでね(笑)。こっちはくらーい気持ちで坂道を登る。見ると大原さんと加賀まりこさんもニコニコ(一同笑)。三國さんは左右半分メークして、顔がぴったりまっぷたつなんです。ぼくの説得次第で帰るって言うから、どうしてって訊いたら「ここじゃ狂えない」って。ぼくはもうカフカのこととか20分くらいしゃべりつづけたら、話聞くのがめんどくさくなったのか、ワンカットだけだよって。ぼくはガッツポーズ(笑)」 

 

 三國連太郎は『魔性』(1984)にも出演している。 今年、鶴橋監督は沢尻エリカ主演で『悪女について』(2012)を撮った。 

 

鶴橋「暗い気持ちで坂道を登るのは、何十年経っても変わらないですよ。最近じゃ沢尻エリカさんだね。別にって言われたらアウトだし(一同笑)。でも沢尻さんはいいですよ。ひっこむところはひっこんで、メリハリが利いててね」

 役所広司とも野沢尚脚本『愛の世界』(1990)や『雀色時』(1992)など何本も組んでいる。

 

鶴橋「役所はやっぱりいいですよ。『砦なき者』(2004)の後、最近出てくれないんだけど。以前にアベックばっかりの飲み屋でコップを持って「♪あんたにあげた愛の日々を~」って歌いながら背広や下着を脱ぎ始めた(笑)。で、ふたりで飲み屋に台本を忘れて現場に行ったなんてことがあった。あれは『愛の世界』のときだったかな」

【今後の展望】 

鶴橋「秋に黒澤明監督の映画『野良犬』(1950)のリメイクをやります。それと3.11以降、言葉が出てこなくてあせりまくってる。この状況をテレビジョンはどう伝えるか…。来年は、津波に流された女は男に会いに行ってたという構想で撮りたい。福島で撮るのは難しいから、よく似た場所でと思ってロケハンを始めてる。『北の国から』(1981〜2002)みたいに1年に1本くらいのシリーズにしたい。役者は役所広司大竹しのぶ、あとは満島ひかりさんなんかいいですね」 

 

 樋口氏は「(『魔性』のイメージから)鶴橋監督はねちっとした暗い人かなと思ったんですが、ものすごく陽気な電話がかかってきて、驚きましたね(笑)」と話していた。やはり『魔性』の話が中心だったが「野沢尚っていうぼくの子どもみたいな脚本家、若くして死んだんだけど」と少しだけ野沢尚氏に言及してくれたので、ファンとしてちょっと嬉しい気がした。

 なお『野良犬』のリメイク版(http://www.tv-asahi.co.jp/norainu/)は2013年1月19日放送。『魔性』も手がけた池端俊策氏が脚色を担当している。