中学生のこころ(声:當真あみ)はいじめが原因で不登校に。ある日、鏡に吸い込まれたこころは謎の孤城に迷い込み、リオン(声:北村匠海)ら同じく不登校の少年少女に出会った。孤城は仮面をつけた女性・オオカミさま(声:芦田愛菜)が君臨する不可思議な世界だった。
辻村深月『かがみの孤城』(ポプラ文庫)は200万部を越えるベストセラー小説で、2022年に原恵一監督によってアニメーション映画化された。2023年1月に新宿にて原・辻村両氏によるトークショーが行われている(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
【映画制作の工夫】
辻村「監督とは映画が完成する前に何度か対談をさせてもらっていて。完成した後もコメントを出して、そのコメントがサイトで見られます。「私が描いた通りのこころたちがいて、描いた通りの感情と時間がそこにありました。原監督に彼らの孤城をお願いできて、本当に良かったです」とお伝えしました。作中でこころがアキの大人になった姿に出会いますが、私自身も原さんのアニメーションを見ながら育ってきたので、いま原さんと大人同士でいっしょにお仕事ができたというのがとても嬉しいです」
原「(台本を映写して)これがアフレコ台本という、音響に関わる人だけが持たされるものなんですけど。変更された部分は赤で書き込みしたりしています。幼いリオン、矢島晶子が声をやったんですけど、アフレコの前に台詞をもうちょっと増やそうと思って。最後まで悪あがきをしてつくるんです(笑)」
辻村「エンドロールで、ミオ(声:美山加恋)がもし生きてたらミオといっしょに過ごした時間が流れるんですが、私は当初聞かされていなかったアイディアで。完成間近のタイミングで、原さんからやりたいと伺って嬉しかったですね。自分の原作通りにしていただくことももちろんなんですけど、原作を越えたもの、原作に書かれていないけどこころたちが過ごしたかもしれない時間を原監督がつくってくれたというのは、監督性が爆発した部分だと思って嬉しかった。最後の最後まで妥協なく試行錯誤を重ねてくださったんだと、お仕事ぶりが間近で見られて幸せでした」
原「エンディングの絵はぼくのアイディアではなくて、脚本の丸尾みほさんですね。それをもとにぼくが絵コンテを描いて。結果的に本編が終わっても、まだ別のストーリーがつづくっていう」
冒頭でこころはピンクのスニーカーで歩いていて、学校へ行くときは白いスニーカーだが、最後はまたピンクのそれを履いている。
原「最初は(ピンクの靴で)暗闇の中でぬかるみを歩くように重い足取りで歩いたこころが、同じ靴と同じアングルで新しい明日に力強く歩いて行く。その対比で、こころの変化が伝わるんじゃないかと」
マサムネ(声:高山みなみ)が『名探偵コナン』(1996~)の台詞「真実はいつもひとつ!」を言う場面もある。
原「最初は思いつきで、高山さんだからちょっとコナンの声をやってもらおうと。理由が必要だったと思って、これは伏線なんです!と。後付けの(笑)。マサムネの時代には『コナン』がやってるけどスバル(声:板垣李光人)の時代にはやってないっていうこと。だからマサムネが彼らしくない渾身のシナリオを書いて、みんなに演説して「真実はいつもひとつ」って決め台詞を言う。みんながおお!ってなるかと思ったらスバルは「何それ?」って(笑)」
辻村「試写で見て何が起こったんだろうと(笑)」
原「苦情が来たら差し替えようと思ったんですけど(一同笑)どこからもなかったですね」
辻村「映画を2回見ると、2回目に気づくことがたくさんあるんですよね。私は3回目で気づいたというか、監督が細やかに考えてくださっていたこととか。なんか泣いちゃうんですけど(笑)。この台詞ってこういう意味だったんだとか、何度見ても驚きがあって。何年先にも残るアニメーションにしてくださって嬉しいです」
原「オオカミさまの「善処する」っていう台詞を、ほんとは芦田さんにやってもらって録ったんです。でもミオの声でやってもらったほうがいいかと思いついて、ミオに言ってもらった。正解だったと思うんですけど、芦田さんは見たときに「あれっ」て思ったかな。すいませんでした(一同笑)。
【登場人物の靴】
原・辻村両氏ともに『ドラえもん』(1979〜)を手がけた経験がある。
辻村「こころが初回は裸足で吸い込まれていくんですけど、2回目からは靴を用意していく。何かで見たことあると思いませんか。私、ドラえもんの脚本(『ドラえもん のび太の月面探査記』〈2019〉)をやったから判るんですけど、どっかの世界に冒険に行くときに必ずやるルーティンのひとつなんです。それを原さんがやられているのと見て、さすが抜かりがないと感動しました(一同笑)。
『ハケンアニメ!』(マガジンハウス文庫)という小説を書いたときにアニメの監督さんや関係者の方とお友だちになって。中には原さんにあこがれて業界に入った方もいらして。その方たちから私が気づかないポイントがレポートみたいに届くんですね。城に光がどの角度から入るかという窓の設計が完璧で、クライマックスで光が当たるようになってるって言われたんですね。2回目以降ごらんになる方はそういうところにも注目していただけたら嬉しいです」
原「『ドラえもん』のテレビでは、靴問題はごまかしてたんですよ。ドラえもんとのび太がタケコプターで窓から出入りする。シーン変わりで急に靴をはいていたり靴下になってたり。でも『エスパー魔美』(1987)をやったときにそこはごまかさないようにしようと。もうちょっとリアリティーを持たせる。家の中で靴をはいてから外へテレポートする。めんどくさくて『かがみの孤城』でも靴はどうしようかと」
辻村「私は小説を書くときに靴のことを考えたことないですね。なるほど、これが画になるということか」
原「最後にみんなを助けに行くときに、机の下に靴を隠していたのがわかるんですね。ちょっと見せるだけで、いつもああしてたんだと判ると思います。意外とそういう細かい気遣いが」(つづく)