私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

高橋洋 × 塩田明彦 トークショー レポート・『ザ・ミソジニー』(3)

【神秘とは何か】

塩田「「すべては神秘に始まり政治に終わる」っていう印象的な言葉についてはいかがですか?」

高橋「シャルル・ペニーって人の言葉なんだよね。ジャンヌ・ダルク研究者で有名なんだけど、ジャンヌを理想化して神秘思想のほうに行っちゃったりして、第一次大戦が始まったころに戦争はおれが終わらせるって行って出征してすぐ死んじゃった。面白い人なんだけど、ドレフュス裁判ってユダヤ人のドレフュスがスパイの濡れ衣を着せられて獄中に入れられたときにドレフュス擁護運動をやって、国が盛り上がった。でも左翼政党が入ってきて、その高揚感は政治運動に利用されて雲霧消散していく。そのさまを目の当たりにして生まれた言葉なんですよ。「神秘」というのは正義を追い求めるパッションみたいなものだよね」

塩田「ぼくの解釈としては、神秘は一回性。出来事性と言っていいかもしれないけど。極めて特殊な現象でなくても、人が子どもを産むのも1回だけの出来事。その人がその子を産んだのは1回だけ。でも政治になるっていうのは、人間は子どもを産むものだっていう一般化・概念化」

高橋「そういうことで合ってると思います」

塩田「高橋さんが追い求める神秘っていうのは一般化できない」

高橋「そうだよね。地上に降ろせないものを降ろしたい(笑)」

【演劇と映画】

塩田「高橋さんはワンセットものというかワンシチュエーションですが、ワークショップの体験は反映しているんですか?」

高橋「ワンセットものをするのは予算がないからですよね」

塩田「予算がなくてもこれだけワンセットを追求するのは、他の監督にないですよね。儀式的というか」

高橋「ああ、性に合ってたんでしょうね。物理的な事情で始めたものだけど、やってみるとこのミニマムな世界が自分のやりたいことに合ってるぞって」

塩田「地上に降ろす作業ってスタッフの人も感じてたみたいですけど」

高橋「台詞とかも、かなり戯曲を勉強するようになって。戯曲って面白いよ。40〜50歳になってみると、古典と言われる戯曲でも書いた人は20〜30代で、読むと手の内が判るというか。ああ苦労してるなとか(笑)。読むと自分の血や肉になるね。飛び交う台詞が現代劇になると過激になっていく。昔のノーマルな会話でなくてそぎ落としたような台詞が飛び交っていく。文学もそうで20世紀に台詞が変わっていく。そういう成果を取り入れなきゃって思うようになって、どんだけ台詞を研ぎ澄ませるかってみたいなことを模索してる」

塩田「研ぎ澄ますっていうのはリアリズムとは違う強さを持たせるということですか?」

高橋「そうですね。リアリズムの世界で普通こう言えば納得するような言い方はどんどん切っていく。やりすぎるとわけが判らないことを言い合ってるようになっちゃうんですけど(笑)そういうのをやってく場としてもワンセットかな。演劇みたいなんだけど演劇じゃない」

塩田「演劇的ってよく言われるでしょう?」

高橋「言われるけど演劇じゃない。演劇然とした映画は演劇に明け渡してる感じがして、古びていくのも早いなって感じがする」

塩田「『麻希のいる世界』(2022)っていう10代の女の子の映画を撮ったんですけども、30代ぐらいまでは青春にある程度の推察ができる感じはあるけど、この歳になるといまさら10代を撮るのは…。撮ると言ったのは自分なんだけど(笑)。リアリティの勝負をしても追いつけないので、凝縮した台詞や展開をさがすっていう。だから演劇を志向するのとは違うんだけども「演劇的でした」って言われるよね」

高橋「演劇とは違うことを目指してますよね。なかなか判ってもらえない(笑)」

塩田「ぼくの先輩の万田邦敏監督は「あっ」「えっ」「ん」「へえ」みたいなリアクションは俳優に取らせたくないと。日常での間投詞的なつなぎ言葉を一切使わないと課しているらしいです。高橋さんはそこまでではない?」

高橋「いまどきの言い方を切るみたいなこともやってたんだけど、最近は清濁併せのんで、平気で俳優に「は?」とか言わせます(笑)。昔はそういうのが嫌いだったんだけど」

塩田「誰かが「は?」と言うとユーモアが漂う瞬間が高橋さんのにはあるよね(笑)」

高橋「喜劇的な要素になって取り入れて。そのほうが、風通しがよくなる」

塩田「『霊的ボリシェビキ』(2018)は完成度が高くて現代日本の最も優れた1本だとぼくは思ったんだけど、完成度が高すぎてこの先高橋さんは撮れなくなるんじゃないのかなと。全然そんなことはなかったけど。1回何かを完成させたから、壊していこうみたいな意図があるのかなと」

高橋「「は」みたいな台詞を入れてると、関節がまともにつながってるようなものは物足りなくなるんだよね(笑)。だからどんどん外していく」

塩田「キャラクターはもう統一しなくていいみたいな」