私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

上野昂志 × 山根貞男 トークショー レポート・『黄昏映画館 わが日本映画誌』(4)

【文章の長さについて】

山根「長い文章だとたくさん書けるから上野さんがいきいきと書いてるのが判ります」

上野「「シネマ」は1回30枚ぐらいでしたね。松田政男さんが編集された「映画批評」は「上野くん、「映画批評」では40代は50枚な。50代は40枚」と。私は40代でした。50枚は大変ってわけじゃないけど、いろいろ考えながら書きました。清順(鈴木清順)さんについては、魯迅の「鋳剣」をやろうとしてシナリオはできたけど映画化できなかったので残念ですけど、つくられなかった映画について書いて魯迅の原作に触れることができたり。『陽炎座』(1981)で泉鏡花にも触れられるとか、長さがあると可能ですね。若い批評家でも400字で最低10枚ぐらい書かせる場があればいいですね」

山根「1本の映画について400字で40~50枚書こうと思っても、そんなメディアはいまないですよ。本になるときに書き下ろしで入れるとか。誰かが依頼してくるということはない。どっかに載せたいと言っても、長くても400字で10枚。書くものが全然違ってくるわけです。魯迅の原作の中に潜っていっちゃうとか。上野さんの文章は脱線したり弾けたりするんですが、別の表現に触れるという幅広さがあるんですよね。幅広い文章を書く場がなくなっていくというのはこの30年ぐらい。90年代くらいからですね。いま「キネマ旬報」なら3、4枚ですね」

上野「この本(『黄昏映画館 わが日本映画誌』〈国書刊行会〉)の最後に載ってる濱口(濱口竜介)のは見開き2ページで(最近は)多くて3000字ぐらい。山根さんの連載は…?」

山根「読者から字が小さいと文句が来ますけど。デザイナーが小さくしてるんですね。小さくせざるを得ないほどぼくが長く書いてて、400字で9枚です」

上野「長いですね。でも最低でも9枚は必要じゃないですか。われわれが物書きを始めたときは400字詰めで何枚って発想だったのが、あるときから何千字になって。2000字とか。そうなってくると自ずと、視野を狭めなくてはならない」

山根「書き手が狭めなくてはいけないんですが、それは映画の幅が狭くなっていくのといっしょですね。観客の映画的欲望も狭くなっていくという気もしてしょうがない。

 この本の中に3本くらいウェブサイト掲載のがありますね。どっかのウェブサイトでしょ」

上野「ぼくが前に関わってた学校のサイトに書かないって言われて何回か」

山根「ぼくは最初、上野さんが自分でサイトを立ち上げて、自らメディアをつくったのかと」

上野「そういうのほんとなまけもので(笑)。みなさんはちゃんとやるんだけど、雑誌でも細かいことはウェブでごらんくださいとかあってえらいなと思うけど」

山根「ウェブで書くときは、長さの制限はわりあいないですね。ぼくは自分で書いたことはないけど、見るとこんなにだらだら書かなくてもいいじゃないかってイメージが」

上野「編集者はこの人にこのくらい書いてほしいってのが常にあるんでしょうね。自前のメディアだとその意識がない。他者の目があると客観的に誘導したり規制したりで、その規制も悪いことではないと思うんですね。長く書いてしまうのは、原稿用紙に書く訓練をしなかった人がそうなるのかなって気もしないでもない」

【解説と批評】

山根「本の後半では劇場用パンフレットに書いたものもちらほら出てきて、短い場合もありますけどそんなに短くないですね。10枚ぐらい。豊田利晃、大森立嗣のふたりの作品はパンフレットですね。ぼくは劇場へ行ってませんから、初めて読んだわけです。ぼくもときたま劇場用パンフレットに書きますけど、その映画を見た人が買って読むわけです。一般のジャーナリズムに載るときは、読者がその映画を見たか見てないか関係なく書くけど、パンフレットでは書く構えが違ってくると思います。上野さんので近年、パンフレットが増えてきたのは書く場が…。制作会社ではリトルモアが多い」

上野「友だちのつき合いですね(笑)。プロデューサーの孫家邦のつながり。ミステリーで最後は伏せなきゃいけないとかは、パンフレットではないわけですね」

山根大島渚のDVDBOXの解説は、わいせつのときの評論とは違って、松竹でデビューしたとかですね。改めて読むと上野さんは解説が上手いよなと。判りやすくて説得力がある。吉田喜重のDVDBOXも解説もそうですね。書く姿勢を変えちゃって、過不足のない解説に徹してますね」

上野「そう言われれば…(一同笑)」

山根「いや、おれが誉めたってどうってことはない」

上野「そうですけど…いやそんなことはない(一同笑)。批評というふうに書こうと思ってないわけですね。距離があって客観的になるかもしれませんね」

山根「批評は自分がどう見たかについてで、距離の取り方が違うと。ただ映画を見てもいちいち距離を測っていらっしゃるわけじゃないですよね」

上野「そんなことはないけど、べったり惚れちゃってると書けない。引き離すために時間を置くとか。加藤(加藤泰)さんとか清順(鈴木清順)さんの最初の作品とか、最初に見たときから書くときまでに時間が経ってるわけですね。客観性が働くのかもしれません。パンフレットとかでは時間が近づいてて、見て右から左というのもありかもしれませんけど」

山根「映画を見たときの感銘もありますけど、時間が経って距離を置いてそれでも距離を踏まえて近づいていくというややこしい手つづきもありますね」