私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

奪う男と貴島誠一郎・『ずっとあなたが好きだった』『青い鳥』(1)

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 90年代から2000年代にかけて多数のヒット作を送り出した、TBSの貴島誠一郎プロデューサー。その代表作として知られる『ずっとあなたが好きだった』(1992)と『青い鳥』(1997)との共通項について振り返ってみたい。

 『ずっとあなたが』は高校時代の恋人(布施博)を忘れられない主人公(賀来千香子)がお見合いで結婚するところから始まる。その相手は奇矯なマザコン男性(佐野史郎)で、主人公は夫や姑(野際陽子)との闘争の末にかつての恋人と結ばれる。

 この作品では佐野史郎演じる敵役・冬彦が大評判になったが、当初の構想は異なっていた。脚本の発注を受けた君塚良一は回想する。

 

貴島さんもこれがプロデューサーとして2本目で、自分がコントロールできる若手の作家を使って、自分の世界観をやりたいと思っていた。

(中略)

 貴島さんから最初に言われたのは、「初恋の人を忘れられない女性の悲恋」ということでした。当然、今は結婚しているダンナがいて、かつての初恋の人が好きでしたというメロドラマの構図。この手のことって、ダンナが博打好きで酒飲みで、奥さんに乱暴するってのがパターンじゃないですか。それで奥さんは初恋の人との禁断の愛に走る。ただ、僕と貴島さんがやるんだから、ここの博打好きの酒乱のダンナは変えたいですね、という話になって、いろいろやっていくうちに「マザコンの冬彦さん」というのが出てきた。僕も貴島さんも映画が好きで、なんか最近よく映画に出てくる変な俳優がいると思ってキャスティングしたのが、佐野史郎さん。佐野さんも大抜擢だったけど、貴島さんも僕も守るものなんて何もなかったから、イケイケドンドンだったんだよね」(『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 シナリオ・ガイドブック』〈キネマ旬報社〉)

 

 君塚によればプロデューサーの貴島のほうが「佐野史郎さんという、当時まだ無名の怪優に目をつけていた」(『テレビ大捜査線』〈講談社〉)というけれども、一方で君塚も映画『ウルトラQ 星の伝説』(1990)での佐野が印象に残っていたようである(『容疑者 室井慎次 シナリオ・ガイドブック』〈キネマ旬報社〉)。ちなみに幼い筆者も『星の伝説』を見て、台詞を訥々と語る佐野は出番が少ないにもかかわらず、記憶に刻まれていた。佐野の俳優としての非凡さが伺える。

 佐野は「TBSのテレビ玄関で」とマネージャーに指示されて「見知らぬプロデューサー」の貴島に会ったとエッセイで述懐する。

 

「実は、純愛、初恋をテーマにしたドラマをやろうと思っているのですが……。結婚した相手の男がインテリ系のマザコン男で、とんでもない結婚生活になってしまうのを、高校時代に付き合っていたラグビー部の純朴な男に救われ、愛を再燃させるというストーリーが、どうもリアリティーを持ちにくいんですよ」

「はあ」

 僕は何だかボンヤリしていた。

「それでですね、そのマザコンの男がキーポイントだと思うんですよ」

「ええ、ええ」

 なぜか調子よく相の手を打つ僕。

「それをサノさんにやっていただく訳ですが……」

 こんな会話じゃなかったかもしれないが、まァ、印象はこんなだった。

 変な役はそれまでにも山のようにやってきていたし、今さらマザコン男の役でどうのこうのとガタガタ言う気はさらさらなかったけれど、結婚している夫婦の仲を引き裂くストーリーは、たとえそれが初恋の男であっても、社会通念として妻を奪う男の方が悪い。それを、そう見えなくするにはどうしたらいいかと相談を持ち掛けられ、さあ、これは大変な仕事だゾと意欲を燃やした訳だ」(佐野史郎『こんなところで僕は何をしているんだろう』〈角川書店〉)

 当初は「初恋の人を忘れられない女性の悲恋」がテーマで「社会通念として妻を奪う男の方が悪い。それを、そう見えなくするにはどうしたらいいか」に傾注する作品だった。

 しかし反響は全く違っていた。敵役・冬彦が注目を集め、社会現象と呼ばれるほどになったのである。君塚によれば、路線変更を指示したのは貴島だった。

 

プロデューサーの対応は早かった。評判になっているものを無視できない。それに、作っているのは、視聴者の反応を知りながら修正できる連載ものなのだ。

「冬彦さんのシーンをどんどん増やしてください」

「もっと冬彦さんを恐くしてください」

「冬彦さんにとんでもないことをさせてください」」(『テレビ大捜査線』)

貴島さんは「これはイケる」と思って、これがテレビなんだと思うけど、ホンに戻って冬彦さんの登場シーンをどんどん増やしていった。それは普通、脚本家はやらないことなんだけど、僕はバラエティーをやってきたので全然平気だったのね。バラエティーは今週数字が悪かったら、翌週にはそっくりコーナーを変える世界だから。

 僕はその頃、当時のトレンディドラマの法則に則って、布施博さんと賀来さんのシーンばかり書いていたんだけど、それをストップして冬彦さんのシーンをどんどん書きました」(『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 シナリオ・ガイドブック』)

 視聴者の意外な食いつきに迅速に対応する貴島のフットワークには驚かされるが、彼は別の意味でも柔軟だった。

 

映画『羊たちの沈黙』のモチーフ、蛾から連想し、当初の第一話のラストシーン、引っ越したばかりのダンボール箱の荷物から、アダルトビデオの山が現れる――という、実はそんなに珍しくもない光景より、この方がリアリティーがあるだろうということで、蝶のコレクターの設定とし、蝶の標本箱を部屋に運んだ美術のシマダさん」(『こんなところで僕は何をしているんだろう』)(つづく