私の中の見えない炎

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奪う男と貴島誠一郎・『ずっとあなたが好きだった』『青い鳥』(2)

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 『ずっとあなたが好きだった』(1992)の最終話のラストシーンも蝶で、DVDソフトにも蝶が無気味にデザインされて作品のキービジュアルだが、演出家でも脚本家でもなく現場の美術スタッフ(島田孝之)の発案だったという。

 貴島誠一郎はインタビューで「局の個性は大切なんだけども、作家とか、役者の個性は必要ないっていう、それもひとつの方法論ですけど、僕は作家性を大切にしたいと思っています」(「GALAC」1998年12月号)と表明しており、スタッフや俳優の各々の「個性」を尊重すると強調する。

 また冬彦を演じる佐野史郎が口をすぼめるようにして奇声を発したり、木馬に乗ってうなったりするシーンは強烈だけれども、それらは桑波田景信の演出で、メイン演出の生野慈朗の担当エピソードでは比較的シリアスかつ穏当な会話劇が展開されている。『3年B組金八先生』シリーズや山田太一脚本『輝きたいの』(1984)の生野が『ずっとあなたが』をも撮っていたと筆者は後に知って奇異に感じたのだが、見直すとやはり生野の回には過去の彼の仕事に通じる感触があった。それぞれの演出家の「作家性」を貴島が鷹揚に容認したこともあって、『ずっとあなたが』はエキセントリックな見世物性と家族や恋人同士のぶつかり合いの真摯さとが共在する作品に仕上がり、思わぬ大ヒットに至ったのだった。

 だが貴島のフットワークのよさやスタッフ・俳優を活かす柔軟さは、一方で「自分の世界観」を殺さなくてはいけないという点では諸刃の剣でもある。『ずっとあなたが』が当初の構想から大きくずれたのは間違いない。

 『ダブル・キッチン』(1993)、『誰にも言えない』(1993)、『スウィート・ホーム』(1994)、『愛していると言ってくれ』(1995)などヒットを重ねていた貴島が『ずっとあなたが』のリベンジに挑んだとおぼしいのは、豊川悦司主演の『青い鳥』(1997)である。貴島が脚本に指名したのはTBSでの初仕事となった野沢尚だった。

 

貴島Pといえば、九四年、九五年と、木曜十時の裏番組で闘った相手である。TBSの仕事をやることになったとしても、まさかこのプロデューサーから話はこまい、と思っていた人だった。

 前々から僕のドラマに注目していた、というのは話半分だとしても、どうやら貴島Pは豊川氏から「撮影に入る時は脚本が全て見えている形でやりたい」と注文があって、僕に白羽の矢を立てたようだ。

 フジテレビの連続ドラマをやった五年間、僕はクランクインの時には最低五話分の脚本と、最終回までの綿密な構成表を俳優たちに渡していた。豊川氏は九四年の『この愛に生きて』で、僕のそういう仕事ぶりは知っていた」(野沢尚『青い鳥』〈幻冬舎文庫〉)

 野沢は貴島に「お題」を与えられていた。

 

最初、貴島さんは『逃亡者』的なものをやりたいと。豊川氏が2年半ぶりにドラマに出るということで、制作予算もとれるので、普段できないこと、全国縦断ロケーション的なものを。ただ、『逃亡者』的なものでも、犯罪がからまないものにしたいと。例えばと、貴島さんが言ったのは、女を寝取られる男の話はあるけども、女を寝取って逃げていく男のほうを描くドラマはあまりないのではないか、女を奪ってしまう男の論理みたいなことを出来ないだろうか。そのような提案がありました」(「月刊ドラマ」1997年11月号)

 

 かつて佐野史郎が貴島から聞いた、妻を奪う男を主人公に据えて悪人でなく描くというアイディアそのままではないか…。つまり『青い鳥』は『ずっとあなたが好きだった』の再挑戦だったと推察される。奪われる夫役には、今度も佐野が配されている。

 豊川悦司は、以前の連続ドラマの仕事では先の展開が知らされずに苦痛だったそうで(『シネマでヒーロー』〈ちくま文庫〉)豊川の「注文」があったとの発言が嘘というわけでもないだろう。だが貴島が野沢に脚本を依頼した理由はそれだけなのか。

 野沢は連続ドラマの制作に当たって事前に「最終回までの綿密な構成表」をつくり、厳しく遵守する。その野沢の起用によって、視聴者の反応によって内容を変えてしまう自身のフットワークを封じることができ、結果的に初志貫徹ができるであろう。また脚本家の「作家性」を尊重するというポリシーにも矛盾しない。

 貴島が「前々から僕のドラマに注目していた、というのは話半分」だと野沢は言うけれども、本当にそうか。『青い鳥』以前に野沢が豊川と組んだ『この愛に生きて』(1994)は、朴訥な刑事(岸谷五朗)が人妻(安田成美)と不倫して夫(豊川)から奪っていきやがて凄惨な悲劇が巻き起こるという異色作である。この作家ならばかねてから考えていた「女を奪ってしまう男の論理」が描けると、貴島が踏んだとしても不思議はない。

 駅員(豊川)が金持ちの御曹司(佐野)から妻(夏川結衣)と娘(鈴木杏)を奪って逃避行の旅に出る『青い鳥』は、メガヒットはしていないものの反響を呼んでいる(思春期の筆者にも強い印象を残した)。

 

いいことがなくても、寂しくてしょうがなくても、生きなきゃいけないと思った」(『青い鳥』)

 

 『青い鳥』の後の貴島は、親しんでいたという海外ドラマをリメイクした『奥さまは魔女』(2004)などコンスタントに手がけてはいる。だが21世紀の作品歴を眺めていて彼自身の顔が見えにくいのは、統括的な役職に異動したせいもあろうが、やはり『青い鳥』で自らの構想を語り尽くしたゆえではないだろうか。

 貴島のツイッターの固定ツイートには、『青い鳥』のロケ地再訪の写真が感慨深げに掲げられている。