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山田洋次のガチな心情・『家族はつらいよ』『虹をつかむ男』

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 巨匠・山田洋次監督の新作『家族はつらいよ2』(2017)の公開に合わせて『家族はつらいよ』(2016)がテレビ放映され、見ているとつくり手の心情について思うところがあった。予定調和だ凡庸だと批判されることの多い山田作品にも何となく漏れ出てくるものはあり、いくつか雑感を述べてみよう。

 『家族はつらいよ』は、山田監督の『東京家族』(2013)の出演陣(橋爪功吉行和子ら)をそのままスライドしてつくられたホームコメディで、全編に渡って過去にどこかで見たようなドラマが繰りひろげられる。特段に完成度が高いわけではないが、代表作の『男はつらいよ』シリーズの終了後に概ねシリアス色の強かった山田作品の中では久々の喜劇タッチなのでなつかしさはある。

 13年前のインタビューにて山田は「軽く作りたいという気持ちもあるよ。軽いナンセンスコメディなんて作ってみたいなあ。そういう材料もないわけではないけど」と話していて(「キネマ旬報」2004年11月上旬号)その構想が長い年月を経てようやく実現したとおぼしい。 

 『家族はつらいよ』には『東京家族』や『男はつらいよ』のポスターが貼ってあったり、『男はつらいよ』の主題歌が唄われDVDが並んでいたりする場面がある。関連する先行作品や同じ作者のものが劇中に登場するというリンクねたは、邦画では1990年代から流行り始めた趣向でいまさらやられても何の面白みもないけれども、筆者が想起したのは『虹をつかむ男』(1996)であった。『男はつらいよ』シリーズの主演者・渥美清が1996年8月に逝去し、制作準備中だった新作は当然中止に。そこでゲストとして出演予定だった西田敏行や田中裕子などを投入し、穴埋めとして数か月の突貫工事で『虹をつかむ男』がつくられた。スタッフ・キャストみなが渥美急逝のショックを引きずった『虹をつかむ男』は全編鈍重であまり評価できるものではないのだが、ひとつ印象的だったのはクライマックスである。10年以上前に見た記憶で書いてしまうけれども、映写技師役の西田がとっておきの映画があると『男はつらいよ』を取り出してきて、西田と吉岡秀隆は大いに愉しみ泣き笑う。劇中で登場人物に自作を絶賛させるのには自己愛も極まれりという気がして白けたのだが、いま思うと当時の山田監督の切実な心情吐露のようにも思われる。

 90年代の『男はつらいよ』は、相当な売り上げを計上してはいたものの前世紀の遺物扱い(まだ20世紀だったが)。70年代のような熱気は薄れていた。また山田作品の予定調和や微温性は元来シネフィルにバカにされることが多かったけれども、1997年に当時東大総長に就任した蓮實重彦は山田演出を批判している。

 

僕は映画の現場は知りませんが、このロングとバストショットの繋ぎは間違いで、それよりこうしたほうがいいという具体的なことは絶対にわかっているつもりです。山田洋次の映画は、たとえば量産体制下のジョン・フォードが、誰に編集されたってショットのリズムが乱れないように撮っていたようには演出されていない。だから、たとえば何人かが食卓をかこむ場合、それをいくつかに割るショットの繋ぎがかったるいのです。彼にそういう才能がほんの少しあったら、世界的な作家になり得たはずなのですが、撮影所で育ちながら、いまだにそれができないというのは、かなりすごい。同じ松竹出身でも、彼は大庭秀雄の水準にも達していません。とにかく、あの人はロングと、バストショットを絶対に繋げられない人なのです」(『帰ってきた映画狂人』〈河出書房新社〉) 

 事実『息子』(1991)や『家族をつらいよ』などでの食卓シーンのカットの切り替わりに筆者も違和感を覚えたことはあり、山田は企画・脚本は得意でも映像作家タイプではないという印象を受けた。『学校』(1993)や『学校Ⅱ』(1996)ではキネマ旬報ベストテンに入選していて、この前後の時期に批評家筋の評価が全くなかったわけではないけれども、先述のような誹りを受けつづけながら売り上げを最大のアイデンティティとして『男はつらいよ』を撮るのが苦行だったことは想像に難くない。しかも晩年の渥美清は体調が悪く、無理に出てもらっているのは画面上に明らかであった。

 渥美の死によって幕を下ろしたばかりの『男はつらいよ』シリーズが、観客に愛されてきたはずだと確認したい。『虹をつかむ男』における執拗な自画自賛は、閉塞感を覚えていた山田の悲痛な叫びだったようにいまは思える。 

 2000年代に入ると昭和レトロブームが加速し、時代遅れだった『男はつらいよ』シリーズの人気は再燃。加えて『たそがれ清兵衛』(2002)などの好評もあり、2008年に山田は芸術院会員に選出された。2012年には「山田洋次ミュージアム」が葛飾柴又にオープン。

 再評価を得た余裕ゆえか、『家族はつらいよ』のリンクねたには『虹をつかむ男』のそれの過剰さはない。今後も自作が観客に末永く愛されてほしいという素朴な願望のように思われる。

 近年の山田洋次作品は『おとうと』(1960)を引用した『おとうと』(2010)、『東京物語』(1953)の改作である『東京家族』、故・井上ひさしの構想を受け継いだ『母と暮せば』(2016)といったリメイクが多い。残り時間を見据えて、ゼロから立ち上げるより量産できて企画も通りやすいゆえでは…という気もする。 

 

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