私の中の見えない炎

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1992-1997 “自虐映画観”の時代(2)

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 1995年、岩井俊二監督(フジテレビ製作)の『Love Letter』が、当時の日本映画にしては例外的に若い観客の支持を集めている。幼いころの筆者がビデオレンタル店へ行ってもほとんど貸出中でなかなか見られず、当時の人気ぶりが伺えた(同時に季刊誌「映画芸術」の同年ワースト上位に選出されるなど、反撥も大きかった)。『Love Letter』は確かに岩井監督のセンスを感じさせる秀作であるが、驚かされたのはクレジットだった。

 冒頭の「Fuji television present」が英語なのは他のフジテレビ作品と同様だけれども、何と他の出演者とスタッフのクレジットもすべて英字で「Written and Directed by SHUNJI IWAI」というありさま。当時の洋画コンプレックスのすごさが偲ばれる。「映画芸術」などのうるさ型は、このようなおもねり?も気に食わなかったのかもしれない。 

 1997年9月、北野武監督『HANA-BI』がヴェネツィア映画祭金獅子賞を受賞。翌98年には同題のテレビシリーズ(フジテレビ)を映画化した『踊る大捜査線 THE MOVIE』が、興行100億円の大ヒット。日本映画についての肯定的な印象がもたらされ、復調が始まった。北野監督は1989年に『その男、凶暴につき』にて監督デビューして興行的に不入りつづきながら作を重ねており、またフジテレビははるか以前に本格的に映画製作に乗り出していた(最も古いのはフジテレビ制作の映画は『御用金』〈1969〉)。“自虐映画観” が蔓延する以前に始まって継続していた試みが実を結んだとも言えるだろう。

 『踊る』シリーズの商業的成功に刺激されたのか、他のテレビ局もこぞって映画製作に参入。地上波の視聴率が下落傾向にある中で別のうまみを見つけに来たわけだが、メディアミックスを図ったテレビ局制作の映画は次々ヒット。シネコンの普及と相まって2000年代の邦画の興行は活況を呈するようになった。2012年には、邦画が興行収入で全体の65.7%を占めるまでに至った(洋画は34.3%)。2014年は『アナと雪の女王』(2013)というヒット作があったけれども、それでも洋画市場全般は低調である。

 一方で先述の「映画芸術」の編集人を務める脚本家の荒井晴彦は、近年の邦画にはかつて以上に商業主義がはびこり「枯れ木も山の賑い」に過ぎないと批判している(「映画芸術」Vol.417)。

 海部美知『パラダイス鎖国』(アスキー新書)を読むと、邦画の興行的復調(洋画の衰退)にはただテレビ局の参入が成功しただけでなく日本人の意識の変容があるのも推察できる。海外へのあこがれを失って内向きになった日本人…。

 大袈裟に言えば、年齢を重ねて自分も歴史の一部になったのかもしれない。“自虐映画観” のころは何となく邦画を見たと周囲に言いづらかった記憶がある。邦画叩きに反感を覚えながらも、筆者も多数派の感性に影響されていたのだった。

 いまは言及されることも少ない邦画受難の時代。だが趨勢が大きく変わったのだから、またひっくり返る可能性はいくらでもある。

 あと20年後、どんな世の中になっているか判らないが、そのころにはいまの時代の輪郭や意味も見えてきているのだろうか。

 

それから何年経ったことか
 汽笛の湯気を茫然と
 眼で追いかなしくなっていた
 あの頃の俺はいまいずこ」(中原中也「頑是ない歌」)