2012年に世を去った人の中で最も強い印象を筆者に残したのは、脚本家・映画監督の新藤兼人であった。
晩年の新藤は90歳で『ふくろう』(2003)、95歳で『石内尋常高等小学校 花は散れども』(2008)、そして99歳で『一枚のハガキ』(2011)の脚本・監督を手がけ “95歳の現役監督”といったふうに、新作の度にその高齢が惹句に使われて注目を集めた。文学や美術などある程度個人プレーで仕事ができる分野ならばともかく、集団を統率する映画監督を90代の人がこなしているというのは確かに驚異的であるし(日本で90代で新作映画を撮ったのは、市川崑ぐらいか)しかも晩年の監督作は若き日の諸作以上に魅力をたたえていた。

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よって亡くなったときは、ほとんどのメディアが最高齢監督と報じている。それはその通りであるのだけれども、だが新藤は監督であると同時にシナリオライターであり、溝口健二、吉村公三郎、成瀬巳喜男、三隅研次などの有名監督に膨大な数の映画脚本を提供した。また百何十本のテレビ脚本を手がけており、80歳に達してとっくに巨匠として功なり名遂げていた1990年代にも “土曜ワイド劇場”を何本も執筆するなど、超人的なエネルギーの持ち主であった(それらの職人仕事は、自らが率いる制作会社維持のゆえであろうが)。
そして映画製作やシナリオ創作の合間を縫って行われたのが、エッセイの執筆だった。このエッセイも面白かったのである。絢爛たる美文・麗文というものではなく素っ気ない文体なのだが(その点では、凝りに凝った文章のエッセイ・小説を遺した演出家の久世光彦とは対照的)構成の妙があって短い文章でも毎回きちんと起承転結がある。パワフルさと枯れた境地を併せ持つのも魅力であった。
95歳のときに新藤は「人は“老人”にならない」と強調している。
「老人は、静かな心の美しい枯れ木になるとおもわれているが、それは嘘だ(…)心は何かを欲してざわめいている」(『いのちのレッスン』〈青草書房〉)
また一方で老人らしく、物思いにふける。
「生きるとは、その過程が大事なのだと、つくづく思う」(同上)

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メジャーな映画会社を離れて映画づくりをするのは、いまでは別段珍しことでないが50~60年前には画期的なことだった。新藤兼人はインディペンデントな映画製作のいわばパイオニアであったのだが、それだけに制作資金を調達するのは困難を極めた。
借金を重ねた末に制作会社の経営が行き詰まり、これで最後と覚悟を決めて、スタッフも出演者も極限まで減らして低予算で撮ったのが『裸の島』(1960)。「黙々と水を運び、乾いた畑に水をそそぐ夫婦の姿を描いた」作品だが、これがモスクワ映画祭でグランプリを獲得し、状況は一気に逆転。瀬戸内海を舞台にした台詞のない地味な小品は、なんと世界38か国に売れ、それまでの借金をすべて返し、次回作の資金まで稼ぎだしたのであった! その輝かしい思い出を呼び覚ましたのは、ラジオから流れるロシア語だった。
「借金を返すうれしさ。その気持ちがよみがえり。老人は機嫌がいい」(同上)
「いかに生きるか、今、そのときに心をこめて生きていたなら、老いは怖くない。肉体は急降下で衰えても、それに反比例するように、老いは心に、わが人生のすばらしい思い出を運んでくれる」(同上)
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貧困にあえぐ人びと、原爆で虐殺された無辜の民がいる一方で、収奪する側もいる。新藤兼人の視座は一貫していた。
「爆弾を雨あられとたたきこみ、みなさんたいへんでしょうと食糧を投下する。力あるものは幸福、力なきものは不幸、はだしで歩く何百万人の飢えた難民を救え、と美味いめしを食っている人たちが人道的立場で会議をひらく。偽善と欺瞞と不信が地球を覆っていないか(…)わたしは少年のように駆けだしたい衝動にかられたが、いまや老いて足が重い」『ひとり歩きの朝』〈毎日新聞社〉)
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