1968年12月、東京・府中で、白バイ警官に変装した男によって東芝社員のボーナスを載せた現金輸送車から約三億円が盗み出される事件が起きました。
その警官(犯人)は「あなたの銀行の巣鴨支店長宅が爆破され、この輸送車にもダイナマイトが仕掛けられています」と言って運転手らを降ろさせ、自分で輸送車を運転し、そのまま逃亡。あとに乗り捨てられた輸送車が付近の国分寺市で見つかりましたが、もちろん現金は持ち去られていました。世に言う三億円事件です。翌日に保険が適用されてボーナスは支払われ、この事件で損をした人間は実質的にいませんでした。
ひとりも殺さず傷つけず雲か霧のように消えていった犯人のゆくえは、40年目のいまも謎につつまれています。
筆者は、三億円事件の当時はまだ生まれていませんでしたが、生まれ育った町からそう遠くない土地で起きているので、テレビのドキュメンタリーなどで見てすごい事件が近くであったんだなあとは思っていました。
この事件は映画やテレビ、小説の題材になり、沢田研二主演のドラマが特によくできているそうです(未見)。
2002年に刊行された中原みすず『初恋』(リトルモア)は、三億円事件の犯人が書いたと匂わせている小説です。実行犯は、実は女子高生で、指示を出していたのは東大生のボーイフレンド。犯行時にはマイクで男の声に変換していたという、リアリティをあまり感じさせない設定。
2006年に宮崎あおい主演で映画化され、筆者は主役目当てに借りてきて見ましたがまったく退屈な映画でした。ばかばかしい作り話と思って、すっかりこの作品のことを忘れていました。
今年、『初恋』が文庫化(新潮文庫)されて帯に宮崎あおいさんの写真が大きく刷られていたので、つい目がくらんで買ってしまいました。
本を開いてみると…これが映画版とは対照的によくできていて読ませるのです。
1960年代後半、親戚の家で育てられたひとりぼっちの高校生・みすずは、ふらりと入ったジャズバーに集まる男女のグループと仲良くなります。孤独だった彼女が初めて見つけた、自分の居場所でした。
「だれかの心の中に私が生きていること。それは、いままで味わったことのない幸福だった」(中原みすず『初恋』〈新潮文庫〉)
ある日、メンバーのひとりであるニヒルな東大生・岸が、みすずに奇妙な計画を持ちかけてきました。現金輸送車から金を強奪する…。初めて会ったときから岸に惹かれるものを感じていた彼女は、その犯罪に足を踏み入れていきます。(つづく)