私の中の見えない炎

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寺脇研 インタビュー “いま問題は一人ひとりがどう生きるか、その集積として国がある”(2007)(2)

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Q.教育に関しては、JanJan紙上では例えば「日の丸・君が代」などについては議論が活発ですが、こうしたことは教育全般から言えばむしろ特殊で、(九九のような)基礎的知識や、共通の道徳などといった教育とはまた別なもののような印象があります。

 

 保守派も左翼も時代遅れだから、未だにそんなことを言っている。今はインターネットが普及して、多様な意見を発信・受信しやすい環境が整っているのに、国が押しつけて「日本を愛せよ」とか「軍隊に行け」などといっても、誰もついていくわけがない。「国を愛せよ」と言って(押しつけることができると思っている)保守派もダメだが、「戦前にもどるのか」と言っている左翼もダメ。どちらも現実に即していない。

 (現実は)今の日本では、ほとんどの人が高校を出て、半分くらいの人は大学教育を受けている上に、みんながインターネットメディアで発言したり情報を得たりすることができる社会になっている。そのなかで本当に今やらなくてはいけないのは、国全体でどうこうというより、一人ひとりがどう生きるか、という問題。その集積として国がある。

 古い保守派や古い左翼の発想は、もう全然世の中では通用しないのに、まだそういう人たちが紙媒体の新聞や雑誌などで偉そうなことを言っているが、それは多くの人の感覚からは、ずれていると思う。

 

Q.これから教育はどうなりますか。また国は教育にどこまでかかわっていったらいいのでしょう?

 

 教育とは、教える側の論理としては「マス」でやるものだが、学習は基本的に「パーソナル」なもの。これからは皆がパーソナルに学習していくことが中心になると思う。

 国がやることはそれほどないと思う。予算を確保して自由にやってもらって、自治体のために情報提供や相談にのったりする。カンファレンス機能のようなものになっていくのではないだろうか。国が一律に「こうしろ」という時代ではない。

 

Q.インターネットは教育にどんな役割をはたしていくでしょうか。

 

 大きな役割をはたしていくだろう。学習手段としては便利。豊かな人でもまずしい人でもアクセスできる。個別に学習できる。私も、ものを調べるときはお世話になっている。ただし、学校ではメディアリテラシーを教えていくべきだ。インターネットにかぎらず、新聞やテレビでも同様だ。どういう場面でどう役にたつのか、子どもに経験させていかなければいけない。

 

Q.文化庁にもいらっしゃいましたが、先日亡くなった元文化庁長官の河合隼雄さんの思い出は?

 

 河合先生は小泉小泉純一郎以降の路線について非常に危ないと感じていたし、小渕小渕恵三内閣のブレーンだったときは、小渕総理が河合先生を頼りにしていた。小渕総理のころは、時代の変化にみんながうまく対応できるように、ソフトランディングさせていこうと考えていたわけだが、小泉総理の時代にはハードランディングさせようという時代になってきていた。河合先生もいろいろな問題があると思っていただろう。

 なんでも経済ではかる考え方を変えていかなければならない、経済力と文化力の両方がなければいけないと河合先生は考えていた。もちろん、マルクス唯物論は信じていなかったし、右も左も唯物論的社会で、「金がもうかればいい」あるいは「まずしいのは不幸だ」というのではなくて、本当に不幸なのは、文化を楽しめない社会である、本当に幸福なのは、金があるないにかかわらず文化的に生きられる社会である、と考えていたと思う。ゆとり教育もその方法のひとつだった。

 

Q.河合隼雄さんが編集にかかわったという道徳教科書「こころのノート」が以前「国定教科書ではないか」と問題になりましたが。

 

 教科書をつくればいいという輩がいっぱいいた。河合先生はしたくなかったけれどもやらされていた。河合先生もあれでよいとは考えていなかっただろう。ないよりはあったほうがいいという話はあったが。

 道徳的価値観は、あらゆる価値観を認めるにしても、共通する価値観がある。弱い人を助けたほうがいいということに文句のある人はいないだろうし、人の命をうばってはいけないといったことを、きちんと打ち出すべき、というのが河合先生の考え方だった。「こころのノート」には余計なことがいっぱい書いてあるが、河合先生がつくったというよりは、全体の監修というのが適切だ。

 教科書で人間が左右される社会なのかどうか、ということを考えてみたらいいと思う。情報がいろいろなところから入ってくる時代に、教科書に書いてあったからといってそれを信じて一生すごすなんてありえない。

 

Q.映画評論の分野でもご活躍ですね。

 

 映画にのめりこんだのは高校1年だった。それまで本を読む生活をしていた。本は知識を得て、そこからインスパイアされるから、「映画もそうなんだ」と気づいた。本で人生を学べるが、映画でもできる。

 

Q.想田和弘監督の政治の素人が選挙に出馬するドキュメンタリー映画『選挙』はご覧になったでしょうか。感想は?

 

 見た。選挙というテーマ自体は面白い。ドキュメンタリーとしてはあまりいいものとは思わないが。ドキュメンタリーはそれを通してなにを語るかが問題であって、選挙という風俗の面白さは伝わってくるが、それ以上のものではないと思っている。政治的意味は感じない。

(字幕やナレーターを入れない技術面は)そういう手法もあると思うし、いいものが語られれば成功だろう。『選挙』は成功しているとはいえない。

 選挙を知らない人が見れば「ああこうなっているのか」とは思うのだろうけども、自分たちの生き方や社会のあり方を考え直してみようというようなメッセージは伝わってこなかった。 

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Q.外国映画は韓国のものしか観ないとお聞きしました。

 

 それは近年、韓国と日本が切っても切りはなせない社会になってきたからだ。私がこれまで日本映画しか観なかったのは、映画は社会の反映だと捉えていて、娯楽としてではなく、自分が生きている社会がつくった映画が観たいと思っていたから。

 韓国は、今の私にとっては日本の社会に準じるくらい自分の生活と結びついている社会だと思う。だから韓国映画も観る。アメリカだとかイギリスの社会は私とはあまり結びついているものではないから、それほど観たいとは思わない。 

以上、サイト“JanJan”の2007年7月28日付より引用。