私の中の見えない炎

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早川千絵 トークショー レポート・『PLAN 75』(1)

 75歳以上の高齢者が死を選択できる制度“プラン75”が実施された世界。ホテルの清掃の仕事を解雇された主人公(倍賞千恵子)は、プラン75の申請を考えるようになる。プラン75コールセンターのスタッフ(河合優実)は、主人公にお金をもらったりしながら揺れ動く。プラン75の窓口で働く青年(磯村勇斗)は叔父(たかお鷹)の死に接してこの制度に疑義を感じるようになる。

 高齢化の進んだ近未来の日本を舞台にした『PLAN 75』(2022)。日本だけでなくフランス・フィリピン・カタールの合作でそれぞれの国の助成金も入っているという多国籍の映画である。2022年11月に「第32回映画祭TAMA CINEMA FORUM」内で上映され、早川水絵監督のトークもあった。聞き手を務める関口裕子氏はこの当日朝に急遽参加が決まったという(以下のメモはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 

【構想の過程】

早川「もともと長編映画をつくろうと思って大まかなあらすじを考えていたんですけれども、それが2017年ぐらいです。当時は自主映画しかつくっていなくてプロデューサーとも出会っていなくて、どうすれば実現できるかなと思っていた矢先に『十年 Ten Years Japan』(2018)というプロジェクトのお話をいただきまして、10年後の日本社会を描く5本の短編によるオムニバス映画です。その企画に応募してみませんかというお話で『PLAN 75』のコンセプトは合うなと思ったので、まずはパイロット版のような形で短編をつくりました。20分弱に書き換えてつくりました。最初はこういうシステムができた情況で、それに翻弄される人たちの群像劇をつくろうと思っていたんですね。それで5、6人の登場人物を考えていたんですけれども、短編版ではそのうちのひとりを選びました。制度がどういうふうにできたかとかどういう反対運動が起きたかとかっていうのをあえて描かずに、できてしまった後を描こうというのが最初からありました。想像しやすいんじゃないかというか、この制度が発案されて実際に始まるまで何年か経たであろう時期を描かないことで、いまの現実と地続きであることを見た人が感じることができるんじゃないかと思ったんですね。

 尊厳死の是非を問う映画にするつもりはなかったんですね。どういうふうに死を選びたいというのは個人的な問題ですので、匙加減は難しいと思ったんですけど。この映画ではそこがポイントではなくて…一見とても合理的で選択肢という形で提示されることが、よく見えるけれども深く考えてみると根底にあるメッセージは非人間的なものであると、考えるきっかけになる映画にしたいと思ったんですね。

 私はこう思ってるんですってことをなるべく打ち出さないような形で描きたいと思ってました。見終わった後でこの制度はあったほうがいいんじゃないかと思われる方もきっといらっしゃると思うんですけど、そこは見た方に委ねて。白黒はっきりつけられない問題を考えていただくというのも映画を見る愉しみではないかと思ったんです」

【登場人物たち (1)】

早川「主人公がどんどん追いつめられていくんで、みじめに見せたくなかったですね。人間的な強さと魅力がある主人公にしたかったので、倍賞千恵子さんが演じてくださったので、主人公に感情移入してこの人に何とか生きてほしいと自然に感じられるような映画になったら成功かなと。ミチさんという主人公は仕事を辞めた後でも毎日をいつくしんで一生懸命生きる人だと思うんですけど、最初はプラン75を自分が選択しようとは思っていなくて、選ばなくちゃいけない窮屈さを感じて、それでもまだ生きていることを愛している。そういうことが彼女の生活しているさまから何となくにじみ出るようにしたいなと。ミチさんが寿司桶を拭くとかロッカーを綺麗にするとか、寿司桶の場面は台本にあったんですけれども、ロッカーで扉を拭いて「ありがとうございます」とつぶやくのは倍賞さんがご自分でやられたことで。私も撮影中に胸がいっぱいになるぐらいで。倍賞さんの気品や誠実さが表れていると思っています。後で言われたんですが、このプラン75の世界観は『男はつらいよ』シリーズの人情と真逆ですね。あのさくらさんを殺伐とした世界に連れて来てしまって寅さんファンには申しわけないんですけれども(笑)だからこそ落差が見えてくるかなと思いました。6月にバースデーコンサートをやられて、私も見に行かせていただいたんですけど(劇中でも歌われた)「林檎の木の下で」を唄ってくださって素晴らしかったです。

 磯村勇斗さんの役は、彼はプラン75のシステム側で働いていて、受け身でやっている人で罪悪感も全くなかったし、どういうシステムに自分が組み込まれているのかも意識せずにやっていたんですね。それが伯父と会うことでだんだん変わっていって、気づき始めてルールを破って勝手に遺体を施設から出して、スピード違反をして捕まる。その行動をやったということが大事で、彼があの後でどうなるかはあえて描かなかったんですけれども。おそらく勝手に運んだということで遺棄みたいなことで訴えられるかもしれないし、もしかしたら大丈夫で叔父さんを埋葬することができたかもしれないんですけど、ストーリーにとっては重要ではないと思ったので、あえてあそこで止めるということにしました。一見とてもフレンドリーでいいサービスのように見えるけれども、人間の尊厳を奪うシステムであるということを垣間見られるようにしたいと。アウシュビッツも意識して、そういう要素も入れようと思いました」(つづく