読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

寺田農 × 速水典子 × 志水季里子 トークショー(甦る相米慎二)レポート・『ラブホテル』(2)

相米慎二 寺田農 映画

f:id:darakarumena:20140426132102j:plain

【準備段階】

 寺田農さんは、『セーラー服と機関銃』(1981)や『ションベンライダー』(1983)などすでに相米作品を経験済みで、台本を見て、自身の役を選んでいたという。それゆえ、助監督だった榎戸耕史監督とは周知の仲。

 

榎戸「『夜叉』(1985)だったか、寺田さんが仕事をされている東宝撮影所に行って、食堂で今回どの役をやりますかと」

寺田「台本を見て、ああ石井隆さんが書いたんだって、じゃあおれ村木をやるって」

榎戸相米さんは、“え、農さん村木をやるか”と」

 

 相米監督は、村木役には別の俳優を想定していたらしい。 

 舞台やテレビと違って、映画では一般にリハーサルはあまりやらないようなのだが、『ラブホテル』(1985)は低予算で撮影に10日しかかけられないということで、事前にリハーサルが行われた。もっとも演技の稽古というより、ストーリーや設定について議論・雑談する場であったようである。

 

寺田「昼の12時から酒飲みながら始めて、5時頃に新宿に移動して飲むと」

榎戸「にっかつ芸術学院とか劇団ひまわりとか、いろいろなところを借りてリハーサルしましたね。ひまわりでロマンポルノかって(一同笑)」

寺田「散々何日も話した後、相米が“ひとつだけ判ったことがある”と言い出した。“何が判ったんだよ” “この名美は、大股で歩く!” “それだけかよ!”(一同笑)」

速水「大股ってことで、後で歩く効果音は、私の足音じゃなくて男性スタッフがヒール履いた音を使ってましたね(笑)」

寺田相米とふたりで『ラルジャン』(1983)を見に行ったとき、“映画は、画より音だ”と言ってた。靴音もそうだけど、相米の映画はいつも効果音にすごくこだわってる」

 

【撮影現場 (1)】

 撮影はわずか10日間で、連日徹夜の作業となった。

 

榎戸「昼12時スタートで、終わるのが翌朝の7時とか。で、きついので1日だけ休日を入れました」

寺田「監督が役者とリハーサルしてる間、スタッフは寝てる。で、スタッフが準備してる間、役者は寝てると。でも速水さんが寝ると、監督は“起きろ!”と起こしてた(一同笑)」

 

 ちなみに撮影に使われたラブホテルは、会場となったユーロスペースから歩いて2分程度のところに、いまも現存するという。

 

榎戸「(撮影が)あまりにきつかったから、その後2、3年はこの辺へ来たくなかったですね」

 

 ふたりが再会する埠頭の夜のシーンは、かなり暗いなかでの長回し

 

寺田「ぼくは全然泳げない。速水さんは高所恐怖症(一同笑)」

 

 だから相米監督はわざわざ、ふたりが怖くなるような埠頭のシーンを考えたのだとか。以前、『ションベンライダー』では、寺田さんが死ぬシーンで、水が苦手なのを判っていてわざと川で死んでいる設定にしたと、永瀬正敏が回想していた。

 相米監督の現場についてよく聞かれるのが、演技やら照明やらにこだわって、何時間経っても撮影が始まらないという話である。

 

寺田「アパートでのふたりのシーンで、ああでもない、こうでもないとこだわってたら、いつまで経っても(撮影が)始まらない。照明の熊谷秀夫さんは、昼のつもりで準備してたのにリハーサルしてたら夜になっちゃって、慌てて夜のライティング。で、リハーサルしてたら朝になって、今度は朝のライティング(一同笑)」

志水「昼前に着いて、アパートの前のロケバスでずっと待ってるけど、いつまで経ってもアパートのシーンが終わらない。中で何やってるのかな~なんて言いながら待ってて。あと、そこにリスがいましたね」

寺田「ネズミじゃないの(一同笑)」

志水「それで次の日の昼まで待って、結局化粧したまま24時間待ちました(一同笑)」

榎戸「とにかく金がなかったので、部屋も借りられなくて、ロケバスで待っていただきました。(拘束時間は)全部で36時間くらいじゃないかな」(つづく) 

ラブホテル [DVD]

ラブホテル [DVD]

 

にほんブログ村 映画ブログへ