私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

佐藤公美 × 金原由佳 トークショー レポート・『シェイディー・グローヴ』(2)

【青山監督のキャリア初期 (2)】

金原「佐藤さんは、青山(青山真治)作品では『Helpless』(1996)では記録・衣裳、その次の『WiLd LIFe』(1997)は脚本・記録として現場に入られています。

 『チンピラ』(1996)と『冷たい血』(1997)にも関わっていらっしゃいますが、『冷たい血』は最後に野球場で犯人を追い詰めるシーンでマスコミを呼んで、そのまま目撃させて記事にしてもらうという宣伝をされていました。すごいと思った記憶があります」

佐藤「プロデューサーの方々の発案だと思うんですけれど。東北新社の方とか甲斐(甲斐真樹)さんとか。野球場のような広いところで見ていただくほうがいいかなと。山根貞男さんにも現場に来ていただいて、私は舞い上がっちゃって知遇をいただいてるわけでもないのに話しかけて青山さんは「増村保造みたいな監督になれますかね」って言ったら「増村は無理だな!」って言われたことをまざまざと覚えています(笑)。何を言ったんだ自分はという感じがありますね」

【『シェイディー・グローヴ』について】

金原「『シェイディー・グローヴ』(1999)は地に足がついていない男女を描くというか。足もとが崩れていくような感覚を先んじて描いた感があります。脚本は佐藤さんと青山さんですね」

佐藤「『Helpless』以降、青山さんは北九州サーガと言われますけれども、東京を舞台にしたものやどこでもない場所が舞台というものを最初のころは撮っていて。『WiLd LIFe』や『冷たい血』の後でビターズ・エンドの定井(定井勇二)さんからもう少し違うトーンの、軽やかな映画を撮ってみませんかってご提案をいただいて。青山さんは嬉しかったってずっと言われていました。もう少し若い世代の恋愛。

 共同作業としてはVシネマ『教科書にないッ!』(1995)のときから似たようなことをしてきたんですけど(脚本の)クレジットを入れたほうがいいと言われて入れたという経緯がありました。ふたりの男女がいると男性パートを男性が書いて女性パートを女性が書くと思いがちなんですけど、そうではなくて青山さんが書いたものを受け取って、私が書き足したり修正したりして、それで青山さんに渡すとまたもとに戻されちゃったりとか(笑)。

 いまだったらイタいという言葉があるんですけど、この当時はまだなかったですね。この主人公のふたりはイタさマックスですよね。(1998年の)秋に撮影していたんですが、その前の夏に青山さんが体を壊して臓器の一部を取ったんですね。関係あるかもしれません。夏目漱石の『虞美人草』(新潮文庫)をモチーフにした作品なんですけど、退院して静養しているときに『虞美人草』を音読してたんですね。最初は原案にするつもりもなかったんですけど、やってるうちに…。ただストーリーをそのまま使うのでなくて、あくまで漱石の写実的で客観的なところをモチーフにと。虞美人草』は母親の違う兄妹が反目するけど理解し合っているみたいな話ですね。『シェイディー・グローヴ』の男女は、ふたりを片割れずつ分割してみせたというふうに私は捉えています。どちらも青山監督を反映している部分があるというか。ふたりは失った何かを補い合う。この映画はハッピーエンドにしたいと思っていたようなので、恋愛映画というより恋愛に向かうまでの映画だと当時は思ってました。

 定井さんとはこの作品でごいっしょする前から配給や宣伝を手がけていただいて。濱口(濱口竜介)さんとかポン・ジュノさんとか錚々たる方々をプロデュースされてる定井さんの記念すべき1本目ですから、みなさんのご記憶にとどめていただきたいなと思いますね」

佐藤「『WiLd LIFe』、『冷たい血』、『シェイディー・グローヴ』の3本を監督自身は結婚3部作と言ってました。パンフレットには制度的な結婚と制度的ならざる結婚の葛藤を検証し、愛とは何か、制度にいかに対するかといった普遍的な問いを再考するというふうに書いています。『EUREKA』(2000)や『月の砂漠』(2001)、ひいては『東京公園』(2011)や『空に住む』(2020)にもつながっていく、関係性のようなものをテーマとして持ちつづけていたと思います。青山監督はありのままの自分を見せることをあまり躊躇しなかったというか。長編映画が撮れていない時期でも、そのときできることを精いっぱいやっていたというふうに思います。いちばんリスペクトしていてライバルでもあった黒沢清さんにも同じような感じがありますね。アマゾンで配信されている黒沢さんの『モダンラブ・東京』(2022)が森へ行く話(「彼を信じていた十三日間」)で、私は勝手に黒沢さんの『シェイディー・グローヴ』だなと思って拝見しているんですけれども(笑)遠いところで呼び合っているような作品になっていると思います」