私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

井筒和幸 トークショー レポート・『犬死にせしもの』(2)

【『犬死にせしもの』の企画 (2)】

井筒「『みゆき』(1983)もやらなあかんし。関西のこと判ってるなら大森(大森一樹)で行くかみたいなことで、おれはプロデューサーでふんぞり返ってたらいいかと。シナリオさえ面白ければ誰が撮ったってね。それでプロデューサーだから桑田佳祐を仙台まで口説きに行ったよ。そしたらライブの終わった桑田佳祐が出て来て、ぼくは「この本読みました?」って言ったら「半分くらい読みました」って。目が泳いでたから嘘だろうと(一同笑)。面白いですかって訊いたら「まだ読みかけなんで判りません」。いや10ページも読めば面白いかどうか判るだろう。

 そのままにしてたら『みゆき』が終わったころにアミューズの社長が怒って来て、お前たちは浮気ばっかりしてると。他の写真ばっかり撮って桑田と音楽映画をつくるって言ってたんじゃないのかって言うから、いや別に音楽映画をつくりたいわけではね。それで社長は関わらないって帰らはったんですよ。桝井(桝井省志)さんがこっちでゼロからやりましょうと言って、そこで佐藤浩市だ真田(真田広之)だという話が出てくるわけですね」

【撮影のエピソード (1)】

井筒「キャスティングはね…。あんな奴ら、演技がみんなめちゃくちゃだよね(一同笑)。ただぼくは認めてはいませんけど、古くさい演技をするよりは好きにしろというつもりでいた時代ですよ。つらつら綺麗にまとめちまうような台詞の言い方を排して、そういう乗りだった。浩市も真田もみんな好きにやって、メソッドのバランスなんて取れてなかったですね。いまだともっと手厳しく言うけど。ただ堀礼文(堀弘一)さんはだいぶいじめたんですよ。「違うな、堀さん」って言って。日活でいっしょにやったりしてた人なんで角川の映画もやった仲だし、それで起用した。堀さんは昔の演技を新しい演技に変えるメソッドがなかなか編み出せなくて、船の上だからね。

 録音状態は悪いね、モノラルだから。しかもあいつら台詞が下手だしね(一同笑)。滑舌が悪くて何言ってるのか判らない。現場でヘッドホンもなかったのね。ぼくらが初めて使ったんじゃないかな。ぼくとか根岸(根岸吉太郎)さんとか、使い出したころだね。それまでは録音部がOKかNGかで進んでた。海の真ん中で録音部と喧嘩のし通しでしたよ。「京都に帰ったるわ」って言うからこっちも「おう、帰れ帰れ」。30代の連中がみんなでぎゃーぎゃー言って。

 船の上でぼくは3000円のクロスのペンを海の中へ落とすし、時計も落としてだいぶ落としましたね。潜水夫に取って来てって言ったら、いや50メートルあるからって(笑)。船に重いミニクレーンを載せたら重心がとれなくなって、カメラが船のこっちに載ってるときは、スタッフはみんなそっち(逆側)へ。船にカメラの移動車も載ってて、船の上にレールも敷いて、カメラがすーっと移動したら、ここのスタッフもバランスをとるためにみんな反対側にすーっと移動(一同笑)。乗るスタッフの人数を制限して、沈まないように。まあそう簡単には沈まないんだけど。

 カメラは神の視点だからね。あ、ここから映してるなと感じさせないように。いまのドローン撮影なんかバカばっかりだね(一同笑)。上から撮ってて、神の目線じゃなくてドローンの目線。ああドローンで撮ってるなって判る。カメラの位置を忘れさせるのが映画やろ。

 弾着の配線が大層でさ、ドリルとか配線とか、弾着を埋めた後のおがくずもね。全部いろいろ持たされるんですよ。美術部は船に乗りませんからね。よろしくって渡されて、よろしくかよ(一同笑)。

 それで1キロほど沖へ出るでしょ。このあたりなら何もないかと。マンションやホテルとか昭和21年にあるわけないものが八方にあるから。潮の流れでぐるぐる回るから、碇を打って潮流を止めて。それでドリルで穴開けて、いろいろやって蓋をして。横山くんっていう助監督とぼくといっしょにやって、そしたら真田もやり出して「ドリル貸してください。おれも開けます。ここでいいですか」って。「もうちょっと横。この前だと、顔にカメラが寄るからそこで弾着が爆発するとえらいことになるよ」って言ったら「いや自分で計算します」って(一同笑)。船の定員が決まってるから、役者もスタッフの代わりをしてた。そんなのは内輪のことだけどね。映画自体はぼろぼろだよ」(つづく