私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

『結婚 陣内・原田御両家篇』(1993)の浦沢義雄脚本と鈴木清順演出とを比較する(2)

11)華子の控室に尚也が豆腐のプレゼントを持参する。

 

尚也「手造りの苦汁を使った本格的な木綿豆腐です」

華子「……」

尚也「愛をこめて造らせて頂きました」

華子「……」

尚也「名前も付いているんです」

 金魚鉢のハート型の豆腐に、

尚也「シルベスター! シルベスター!」

 呼び掛けた。

尚也「シルベスターは湯豆腐や麻婆豆腐になるより冷奴になりたがっているんです」

 

 浦沢は『どきんちょ!ネムリン』(1984)のモンローなど登場人物に映画スターの名をつけることがあり、シルベスターもそのパターンであろう。映画では豆腐の名はシルベスターではなく、華子が立ち上がると尚也が「ちょっと待った! そういう名前なんです。ちょっと待った。ちょっと待った。“ちょっと待った” は麻婆豆腐や湯豆腐になるより冷奴になりたがっているんです」。豆腐の将来の希望は『ペットントン』(1983)の第36話「豆腐がおこった日」の流用。シナリオにはないが、尚也が取り押さえに来た警備員を逆につかまえる。

 この場面以後、華子の楽屋の鏡が正面から幾度も映される。カメラは映っていないがCGではなく、枠を使って実像用と鏡像用に俳優をそれぞれ配置するというアナログのトリックで、よく見ると鏡の向こうと動きが微妙にずれている(意図的にずらしている節もある)。

12)控室に尚也がまたアタックに来る。

 

尚也「心を込めて踊らせていただきます」

 音楽を流し上半身裸となりモダンバレエを踊った。

華子「……」

 鏡で尚也の踊りを見ながら化粧を落した。

 尚也が踊り終えた。

 華子の化粧がすっかり落ちた。

 二つの鼻の穴の中央にホクロ。

 鼻の穴が三つあるように見え然もタラコ口。

 その素顔を見て、

尚也「あれっ、花村さんは?」

華子「……」

尚也「花村さ~ん! 花村さ~ん!」

 探しながら出て行った。

華子「?」

 

 映画での尚也はタイツ姿で、バナナを咥えての怪異な踊りに変更。華子は顔パックをしていて、落とすとタラコ口(特殊メイク)。

 

13)舞の技工室で、映画では尚也が「思いついたよ、愛の言葉!」と叫ぶ(シナリオにない)。

 

14)控室で尚也が華子に迫る。シナリオでは華子が驚いて逃げる。

 

 華子が珈琲を飲んでいた。

 突然、

尚也「君の子供を妊娠したい!」

 入って来た。

華子「(吃驚)?!」

尚也「君の子供を妊娠したい!」

 迫った。

華子「(気持ち悪がり)!」

 逃げた。

尚也「君の子供を妊娠したい!」

 迫った。

 

 男が妊娠すると言い出すねたは『ペットントン』の第40話「ガン太に恋したお人形」などにもある。映画では華子がくノ一姿で逃げて何か叫び、あまり驚いているようにも見えない。

15)シナリオではテレビ局の通路を華子が逃げて、白塗りの井上が呼び止める。井上と何やら話した華子は笑顔で「妊娠して!」と言い出し、尚也は「(仰天)~~~?!」。映画では流れはほぼ同様だが、通路がステージ状のセットになっていて、くの一姿の華子は逃げながら側転。尚也は仰天するだけでなくジュースを自分の頭にかけて喜ぶ。

 

16)シナリオでは、技工室で舞は電話で尚也に華子との結婚を告げられる。驚いた舞の手から義歯が飛んで壁に当たる。映画では夜になっている。入れ歯が夜の窓に飛んで引っかかる。

 

17)ステージで尚也と華子の婚約発表。芸能界の大御所である義川悟朗(原田芳雄)が現れて「(脅かすように)仲人は俺がやるからな」。そこへ舞の姿が。

 

 ステージで舞が歌っていた。

尚也「(茫然)岩下……」

 慌てて来て、

菅原「(怒ったように)誰なんだよ」

尚也「千葉の高校の時の後輩」

菅原「付きあってるのとは全部別れろと言っただろ」

尚也「そんなんじゃねえよ」

菅原「じゃどんなの?」

尚也「さあ?」

菅原「花村華子が怒って、この結婚がパーになっても知らないからな」

 

 だが華子は微笑む。

 

菅原「あの微笑が恐いんだ」

尚也「(不安)……」

 舞が唄い終えた。

 場内に緊迫した空気が流れた。

 その中を華子がステージに向かった。

尚也「(絶望)あっ……」

 目を閉じた。

 ステージに上り舞に、

華子「ラスプーチンの為にどうも有難う」

 

 舞はステージを降りて、尚也と華子に「場内割れんばかりの拍手が」送られる。

 

記者「花村華子と井上明が絶対出来てると追ってたんだけどなあ」

カメラマン「婚約されちゃしょうがないですよ」

 慰めた。

 

 映画では舞はステージで唄うのではなく「ハッピーバースデートゥユー」と口ずさみながら、壇上をふらふら歩いてくる。周囲は暗くなり、舞にスポットライトが当たる。華子が余裕で笑うと、舞はそのまま歩み去って幕が下りる。シナリオに指定はないが、後方に井上が立っている。一連の流れは長回しで、シナリオほど高揚している感はない。

 

18)シナリオでは舞は「まち」を去っていき、焼き肉レストランで「寂しそうに食べた」。映画では舞は横浜の遊園地の前でたたずみ、焼き肉に手をつけないでレストランを出ていく。

 

19)以下の5シーンがワンカットの長回しになっている。ホテル、尚也の飲み会、テレビ局の3つのセットを画面が行き来する。

 

ホテル・×号室

 シャンパンを注ぎ、

井上「僕たちのスキャンダルを隠してくれた好青年のラスプーチン竹内君に」

 華子と乾杯した。

 

三次会

 尚也が仲間たちと盛り上がっていた。

 

ホテル・×号室

華子「エッ、何故ラスプーチン竹内を選んだかって、……聞きたいの?」

井上「聞きたい」

華子「妬いてるんだ」

 嬉しそうに笑った。

 

テレビ局・回想

 菅原とディレクターが話し込んでいた。

 華子が来た。

 ディレクターが手を上げた。

 菅原が席を外した。

華子「誰?」

ディレクター「ラスプーチン竹内の事務所の社長」

華子「……」

ディレクター「大相撲トトカルチョと事務所の金使い込んじゃったんだって」

華子「そう…」

ディレクター「珈琲でいい?」

華子「ラ…ラスプー……」

ディレクター「ラスプーチン竹内」

華子「そう」

 微笑んだ。

 

ホテル・×号室

華子「ラスプーチンの顔を見た時、この男だったら私の思うままになると思ったの」

 甘えるように、

華子「奥さんと別れて……」

井上「…明日にでも話してみる」

華子「有難う」

井上「華子の方こそラスプーチン竹内に情が移って」

華子「大丈夫、私たちのスキャンダルの熱(ほとぼり)が冷めた頃、婚約を破棄するから」

 井上が華子を抱き寄せキスしようとした。

華子「御化粧落としたいの」

 井上が優しく頷いた。

 

 全部セットでシーンとシーンの間は幕が張られる。華子を演じる原田貴和子は早着替え(ダウンを着ている)。テレビ局からホテルのシーンに移るときは、時間を稼ぐためか菅原を演じるベンガルが隠れている姿が映される。(つづく