私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

『結婚 陣内・原田御両家篇』(1993)の浦沢義雄脚本と鈴木清順演出とを比較する(3)

20)テレビ局の前のシーンは書き割り。

 

21)知名度が高いのに売れない役者と婚約した華子は、マスコミに絶賛される。テレビ局の控室で女博徒(山田美雪)と西洋人(トニー・ペデシン)、芸者(今井和子)が華子に「完全に御嫁さんにしたい女優から脱皮ね」「ラスプーチン竹内って華子にとって福の神じゃないの」などと言う。シナリオには華子は「各スポーツ紙の芸能欄の自分を誉め讃える記事を見詰めていた」とあり、考えが変わった様子。映画では博徒と西洋人、芸者が何故かカメラ目線で喋る。映画では華子は「ありがとう」と言うのみで心境の変化はなさげに見える。

 

22)井上の自宅は、白くデザインされた前衛建築のようなセット。井上の妻(左時枝)と母が登場。

 

井上家・食堂

 井上と妻、老母が昼食していた。

 突然、

井上「別れたいんだが……」

妻「(動揺)お母さんの前でなんて事言うの」

 その時、電話が鳴った。

井上「僕が出る」

 

同・廊下

 電話が鳴っている。

 来て受話器を取り、

井上「井上です」

華子の声「自分を大切にしたいの」

井上「?」

華子の声「だから私との事は無かった事にしましょう」

 電話を切られた。

井上「(茫然)……」

 受話器を持ったまま。

 

 映画では、電話のある廊下は食堂につながっている。華子は声だけでなくカットバックになって画面上に出てくる。台詞は「自分の運を大切にしたいの」に変更されていて、そう言うときはかつらをかぶって和装で、カットが切り替わって「だから私との事は無かった事にしましょう」と言うときはノンスリーブ姿になっていて面白い。

 

井上家・食堂

 妻と老母が昼食していた。

 妙に明るく、

井上「さあ食べるぞ」

 戻って来て席に着いた。

妻「(怪訝)?」

井上「さっきの話は無かった事にしましょう」

 食べた。

妻「……」

 

 この後は事務所で尚也が「どいつもこいつも花村華子のことばっかり誉めやがって」とぼやいているが、事務所のセットは井上家の下に組まれていて、画面はそのままワンカットで下へ移動。尚也は華子に電話で呼び出される。

 

23)尚也が「或る倉庫」に来るとガラの悪い「乱れ髪のタラコ口の女」と先ほどの博徒と西洋人、芸者が麻雀をしていた。博徒は裸。女たちは尚也に水割りやおにぎりをつくらせ、マッサージをしろと命じる。怒った尚也がよく見ると、おぞましいタラコ口の女は華子だった…。

 ほぼシナリオ通りだが映画では華子が「♪法界坊 法界坊 お腰につけた札束を」と「桃太郎」の替え歌を唄う。尚也が気づくシーンでは白い光が射す。清純に見えたのが実はおそろしい女だったというのは『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』(1989)の第5話「初恋はお嬢さま」などにある。

24)尚也がコンビニで葉唐辛子を買って戻ってくると、女4人に襲われる。

 

倉庫

 玄関から、

尚也「葉唐辛子買ってきました」

 買って来た。

 華子たちの姿ない。

尚也「?」

 周囲を見渡した。

 その瞬間、隠れていた華子たち女四人が尚也を襲った。

尚也「(絶叫)――――ッ!!」

 

同・エレベーターの中

 酔っ払った華子が、

華子「女四人にレイプされたなんて思っちゃ駄目、女四人をレイプしたって思わなくちゃ」

 

 映画では尚也が戻ると部屋中で爆竹が爆発。次の瞬間、寝そべっている尚也は女たちにいたぶられる。

 

25)尚也は泥酔した華子を部屋に連れていく。華子の部屋、倉庫、井上の家、バー、米農事務所と5つのシーンが長回しのワンカット。

 

華子の部屋

 暗闇。

 玄関から尚也が華子を連れて来て、

尚也「電気は?」

華子「ここ」

 ライトを点けた。

 部屋の中は塵・屑・食べ残し・洗濯物・等々が散らかり密林と化していた。

 

 映画はシナリオ通りだが、

尚也「くさい。ここがあなたの部屋なんですか」

華子「おひざへどうぞ!」

 と台詞が足されている。

尚也が階段を降りて逃げて倉庫へ戻ると、井上が博徒にプロレス技をかけられていた(シナリオでは西洋人)。「この警察のイヌ奴」の台詞はそのまま。尚也が驚くと井上は泣き崩れて「妻が家を出てしまった」と言い出す。カメラと井上は移動し、井上の家へ。井上の妻が老母に「お母さん、どうやってこうやってこぼすのよ。何度言ったら判るの。いっつもいっつもこうやって」などと文句を言う台詞はシナリオにない。

 

井上家・食堂(回想)

 妙に明るく、

井上「さあ食べるぞ」

 戻って来て席に着いた。

妻「(怪訝)?」

井上「さっきの話は無かった事にしましょう」

 食べた。

妻「……」

 突然。

妻「貴方が、先に言ってくれたから言い易くなったわ」

 離婚届けを出した。

井上「(絶句)――お母さんを置いて」

妻「他人よ」

 

 井上が階段を上がっていく妻に追いすがるとその上はバー。シナリオでは「井上が泣いていた」とあるが、映画では井上は急にすました顔で「というわけなんだ」。バーは緑のジャングルのような空間で原始人がいる。

 

BAR

 カウンターで井上が泣いていた。

尚也「酷い女ですね」

井上「妻がかね?」

尚也「花村華子ですよ」

井上「君の婚約者じゃないか」

尚也「俺、結婚しないかも……」

井上「……」

尚也「井上さん、花村華子が酷い女だって事、知ってたんでしょ?」

井上「……」

尚也「知ってて愛したんでしょ?」

井上「ラスプーチン君、そう呼ばせて貰うよ」

尚也「どうぞ」

井上「女優は普通の女じゃないんだ」

尚也「……」

井上「女優を愛する事は、ルックスもハートも関係ないんだ」

尚也「……」

井上「女優を愛する事は女優のグロテスクを愛する事なんだよ」

尚也「……」

井上「ラスプーチン君、君には花村華子のグロテスクを愛する事が出来るか?」

尚也「出来ません」

井上「……」

尚也「明日、婚約を破棄しようと思います」

 ウイスキーを飲んだ。

 

 シナリオでは「芸能事務所・前(次の日)」とあるが、映画ではそのまま長回しでカメラが事務所へ移動。事務所には華子と菅原が。結婚から1年後に離婚という取り決めが交わされていた。尚也は婚約を破棄したがるが、華子は「ラスプーチン、お互い利用すべき処は利用すべきよ」「花村華子と結婚した事でラスプーチン竹内の人気も上がるはずよ」と尚也に迫る。

 以上が約5分半のワンカット。(つづく