私の中の見えない炎

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蓮實重彦 トークショー レポート・『コレヒドール戦記』(1)

 太平洋戦争中のフィリピン戦で負傷したライアン中尉(ジョン・ウェイン)は、病院で看護師(ドナ・リード)と出会う。

 ジョン・フォード監督『コレヒドール戦記』(1945)は日本軍を相手に戦う兵士たちを描いた渋い戦争映画。2023年5月に渋谷でリバイバル上映が行われ、『ジョン・フォード論』(文藝春秋蓮實重彦氏のトークがあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

 きょうは私の親しいガールフレンドのひとりが、と言っても70代でございますがコロナにかかってしまいましたので、若干気がかりなのでマスクをしたまま話させていただきたいと思います。

 まず数のお話からさせていただきたい。ジョン・フォードは生涯で150本ほどの映画を撮っておりますけれども、その大半はサイレントで失われております。残された作品を、こちらのシネマヴェーラでは50本以上も上映してくださるということで、普通の映画館での上映は世界的にも稀なことで心から御礼申し上げたいと思います。

 きょうごらんいただきます『コレヒドール戦記』は文字通りの傑作でございます。ジョン・フォードは傑作ではないけれども興味深い映画とか、傑作なんか撮ってやるかという振る舞いで撮ってしまう傑作とか、いろいろな作品を撮っていますけれども、この『コレヒドール戦記』は最も真剣に撮られた傑作であるように私自身は思っております。第二次世界大戦後のフォードの中で優れた作品のひとつと思っておりまして、昨年の「文藝春秋」に出ました私のジョン・フォードベスト20の中で第二次大戦前のベスト10と戦後の10があり、そのベストの内容は日々変わってまいりますけれども、この『コレヒドール戦記』だけは絶対に落とせない。

 ちなみに両大戦間のベストテンは『鄙より都会へ』(1917)、『香も高きケンタッキー』(1925)、『四人の息子』(1928)、『戦争と母性』(1933)、『ドクター・ブル』(1933)、『肉弾鬼中隊』(1934)、『駅馬車』(1939)、『若き日のリンカーン』(1939)、『果てなき航路』(1940)、『タバコ・ロード』(1941)という形になっております。この中で3本ごらんになってない方は、後ほど暴力を振るわせていただきますのでお気をつけくださいませ(一同笑)。戦後編として『コレヒドール戦記』、『アパッチ砦』(1948)、『幌馬車』(1950)、『リオ・グランデの砦』(1950)、『静かなる男』(1952)、『モガンボ』(1953)、『捜索者』(1956)、『月の出の脱走』(1957)、『リバティ・バランスを撃った男』(1962)、『荒野の女たち』(1966)というのが私の好きな作品であります。いずれも優れた演出がなされていると思います。

 まず『コレヒドール戦記』というのはフォードのトーキーの中ではいちばん長い作品です。『アイアン・ホース』(1924)というサイレント期の西部劇が159分。トーキーの中では『コレヒドール戦記』がいちばん長くて135分。フォードは大体2時間ぐらいでまとめてたのにこれは長くて、見るのが若干お疲れになるかというと、そんなことはありません。素直に見ていただくと実に見事に出来上がっておりまして翌年に撮った、日本では何故か評判のいい『荒野の決闘』(1946)なんておかしくて見ていられない。

 『コレヒドール戦記』は(日本では)しかるべき人以外はあまり本気で見なかった。南部圭之助さんがフォードは海が描けないなどと平気で言っておられるような時代に封切られましたので、不幸な作品だと思っております。

 『最後の一人』(1930)は傑作というのとは違うけれども、甚だ興味深い作品でありまして。フォードは題材が自分に相応しくないと思ったら徹底的にサボるし、面白いと思えばとことん演出する人です。『ドクター・ブル』(1933)は主演者が日本で知られなかったことで知られざる傑作ですが、『コレヒドール戦記』は知られざる傑作ではないわけです。然るべき人以外はあまり本気で見なかった。不幸な作品だと思っております。

 フォードにおける傑作の条件とは何なのか。フォードは視覚的なものと音声的なものとを見事に扱っております。それらは映画の中では身ぶりと声、というものであるわけです。身ぶりで傑作をつくり上げる要素のひとつはダンスです。『最後の一人』もそうでありました。もう一つは歌声です。ジョン・フォードはダンスと歌声を、いわゆるミュージカルとは全く違った形でトーキー映画に映し込んだ稀な人であって。ダンスシーンや歌うシーンがあればジョン・フォードだとすぐ判る仕掛けになっているわけです。いかにして作中人物の体を動かせるか、声を画面に通すかというのは映画にとって重要な問題ですけれども、戦後のジョン・フォードは『コレヒドール戦記』で見事に描き上げたと思っております。

 では『コレヒドール戦記』は何かと言いますと、日本の真珠湾攻撃によってアメリカががたがたとなり、フィリピンから撤退しなければならないという映画ですが、日本人の姿は全く出てまいりません。飛行機が出てきたり、話題には上ったりしますが潔癖なまでに出てきていないと言うべきかもしれませんけれども。その代わりに、歌が歌われ踊りが踊られる。戦争場面も多いんですけれども、踊りの中で素晴らしいシーンがあります。(つづく