私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

『結婚 陣内・原田御両家篇』(1993)の浦沢義雄脚本と鈴木清順演出とを比較する(1)

 セシールの提供により制作されたオムニバス映画『結婚』(1993)。鈴木清順恩地日出夫長尾啓司の三監督がそれぞれ45分程度の中編を撮った。

 この作品の企画は鍋島壽夫プロデューサーが持ち込んできたそうで、清順によると「これこれこういうことでオムニバス映画を作ることになった。その一本をやってほしい。題材は結婚で、俳優さんはこう決まってる。話の中味については芸能界を取り上げてほしい。言われたのは、それだけですよ」という(「シネ・フロント」1993年4月号)。また「何か素材があるのかと聞いたらプロデューサーが週刊誌を持ってきたんですけど、週刊誌をそのままやっても映画にならないし、出ている人にも迷惑だろうから、ってことで自分たちで考えようってことになってホン作りがはじまったんです」(「キネマ旬報」1993年5月上旬号)とも言っていて、アバウトな条件でつくられたとおぼしい。

 売れない俳優の尚也、芸名ラスプーチン竹内(陣内孝則)が有名芸能人(原田貴和子)と結婚することになり浮かれるが、そこにはスキャンダル隠しの陰謀が。尚也は、後輩の歯科技工士(原田知世)に思われていた。

 以下、清順監督の完成作品と浦沢義雄の脚本とを比較してみたい(脚本からの引用は太字)。

1)シナリオではファーストシーンは電車だが、映画は劇場でのステージに変更。尚也(陣内孝則)が舞台で軽オペレッタ「法界坊」を演じている。花につつまれて棺の中にいる尚也。以下の台詞はシナリオにない。

 

尚也「ミルクがほしい。お乳がほしい」

僧侶「ありゃりゃ。死んだはずの法界坊」

尚也「胸のお札をはがしてくれ。はがすんだ!」

僧侶「ほうかい。ほうかい」

尚也「あんたのお乳を吸わせてくれ」

僧侶「私は男ですよ。お乳なんか出ません」

尚也「何い。男なんぞに用はねえ(僧侶を蹴る)」

 

 男の乳を吸おうとするというのは浦沢脚本『勝手に!カミタマン』(1985)の第28話「ネモトマン 涙の兄妹愛」にも類似のねたがあり、シナリオになくとも浦沢による台詞ではないかと推察される。

2)シナリオでのファーストシーンの電車が映画ではシーン2に。電車内の広告に花村華子(原田貴和子)が映っていて、シナリオでは「週刊誌の宙刷り広告が揺れている」「尚也が見つめている」とあるが、映画ではセットの電車に同じ顔写真の広告が大量に吊ってあり尚也は不在。ピンクのセットで毒々しい。

 

3)その華子が客席で観劇していた。尚也は華子を見つけて歌う。映画では歌が「桃太郎」の替え歌に。舞台の大道具が崩れる。以下の台詞はシナリオにない。

 

尚也「(舞台上で)ママのミルクが吸いたい。ママのおっぱいが吸いたい」

華子「(客席で)私は未婚の女よ」

尚也「これはしまったふじた。未婚の…未婚のおっぱいが吸いたい」

                                                 

4)レストランで華子が尚也に唐突に結婚を迫り、尚也は驚く。その後で尚也がレストランから芸能事務所に電話するのだが、映画ではレストランと芸能事務所とが同じセットに組まれており、画面はワンカットでそのまま移動。

 事務所では社長の菅原(ベンガル)が自殺しようとしていて、電話が鳴って慌てる。菅原が出るのを待つ尚也は、シナリオでは無言だが映画では「♪君待てども」「♪俺は待ってるぜ」と唄う。尚也が席に戻ると、華子の姿はない。映画では慌てた尚也が瓶をひっくり返したりして騒いでさがす。

 

5)歯科技工士の舞(原田知世)が尚也に義牙を詰め込む。映画では窓の外に横浜の巨大な観覧車(おそらくロケ撮影)。

 

6)コンビニで尚也が、華子が表紙の週刊誌を買う。シナリオに指定はないが、映画では何故かふところから何冊も取り出して大量購入。コンビニは不思議な色のセット。ドアの外に、自転車をわざわざ走行させている。

 

7)尚也が自宅アパートで寝ていると社長の菅原が現れる。シナリオでは寝ていた尚也がドアを開けてまた寝て、菅原がガス栓をひねる。菅原も尚也とベッドに入る。

 

 微かにガスが漏れる音が聞こえた。

尚也「(気が付き)あっ!」

 ガスを止めに行こうとした時、

菅原「(突然)一緒に死のう!」

 尚也にしがみついた。

尚也「(気持ち悪がり)?!」

 枕元のラジカセで菅原の頭を殴打した。

菅原「~~~~」

 殴られた頭を押さえて踞った。

 尚也が慌ててガスを止めた。

 玄関、窓を開けた。

 

 映画ではかなり簡略化されて、菅原が勝手に部屋に入ってガス栓をひねり、尚也といっしょに寝て「ひとりじゃ死ねないんだ!」と叫ぶ。ラジカセで殴るなどの動きが省かれている。

 その後に菅原が大相撲トトカルチョで事務所の金を使い込んで借金もしたゆえに死のうとしていることが明らかになり、さらに「梅干しをいっぱい食べて高血圧で死のう」とする。

 シナリオでは尚也が菅原に「(同情)……」。菅原は尚也に、事務所の経営のために華子と結婚しないかと言い出す。シナリオでは普通の会話だが、映画では「♪花村華子と結婚すれば」「♪私の借金もなくなるのね」などとふたりで「おおブレネリ」の替え歌を突如唄い始める。

 

8)時代劇のスタジオでディレクター(大河内浩)と俳優の井上(峰岸徹)が打ち合わせする。映画ではふたりが尚也に対して厭な視線を向ける。華子が微笑む。

 

9)レストランで今度は尚也が華子に結婚を申し込む。しかし華子は断る。シナリオでは「お断りします」のみだが、映画では「断るわよ」「何であたしがあんたみたいなぺえぺえと結婚しなくちゃいけないのよ」。

 

10)舞の技工室。シナリオでは「尚也が棚の上の総入歯を悪戯しようと」して舞は「軽蔑するように尚也から総入歯を奪い返」すが、映画では省略。映画では技工室の外観が映り、横浜のビル街も見える。(つづく