【『周遊する蒸気船』について(1)】
19世紀のミシシッピー川で、青年(ジョン・マクガイア)が無実の罪をかけられた。彼の無実を証明するために叔父の船長(ウィル・ロジャース)と婚約者(アン・シャーリー)が立ち上がる。
『駅馬車』(1939)や『怒りの葡萄』(1940)などで知られる巨匠ジョン・フォード監督の小品『周遊する蒸気船』(1935)。クライマックスでそれまでの伏線が上手く絡むのには感嘆する。
9月に渋谷にてフォード作品の特集上映が行われ、ライフワークの『ジョン・フォード論』(文藝春秋)を今年発表した蓮實重彦氏のトークもあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
このシネマヴェーラという優れた映画館では、必ず世界初のニュースをお伝えするという伝統がございます。前回はここにさる人物のイメージを投影していただきまして「つい昨日、合衆国南海岸で撮られた写真である」ということをお示ししました。NHKよりも朝日新聞より早く、みなさまはごらんになったので、やはりシネマヴェーラは世界一だと考えております。
ここで申し上げる世界初の事実とは、パリの本屋が蓮實重彦という、私はよく存じませんけれども(一同笑)そのような人物の書いた『ジョン・フォード論』というものを翻訳する契約が昨日成立いたしました(拍手)。
『周遊する蒸気船』の内容をお話しするわけにはいきませんので。まずこの映画にはふたつのインディアンが関わっているというお話からさせていただきます。インディアンという言葉は書いたり使ったりしてはならず、北米合衆国先住民と言わなければいけないということになっております。まずこの映画にポカホンタスというものが出てまいります。ポカホンタスとはディズニーのミュージカルアニメなどにも出てまいります、16~17世紀にかけてヴァージニア州に生息しておりましたインディアンの酋長の娘の愛称でございます。その愛称が何故かアルコール製のドリンクとなりまして、しかも飲まれるわけではなく大きなボイラーの中へ放り込まれるという凄まじい物語が展開されます。そのボイラーの中のポカホンタスはジンでしかなかったわけですけれども、放り投げられる素晴らしさをじっくりごらんいただければと思います。あの場面はすごいわけですね。途方もなく大きな蒸気船が競争するわけです。競争して燃料がなくなってしまったときにどうするか。蒸気船を構成する木材をすべてボイラーに放り投げてしまう。放り投げるというジョン・フォード的な身振りが、大胆かつ豊かに演じられるわけです。そのポカホンタスが実はインディアンの酋長の娘であるという、そのことは映画の中では触れられておりません。ただポカホンタスと言ってますので、じっくりごらんいただきたいと思います。
『周遊する蒸気船』は、ウィル・ロジャースが主演した『プリースト判事』(1934)と『ブル医師』(1933)につづくロジャース三部作の1本ということになっております。この後でウィル・ロジャースは飛行機事故で亡くなってしまうわけですけれども、フォードなどよりはるかに有名でお金もたくさん稼いでいた人であります。そのウィル・ロジャースは実はインディアンの息子だったわけです。『ウィル・ロジャース』という書物がありますけれども、最初のページにインディアンの合いの子であるということが書かれております。お父さんは南軍の兵士で、お母さんはインディアンの娘。その人がハリウッドで一流のコラムニストになり、歌を歌い、ラジオに出て舞台にも立つという。1981年に撮られた優れた作品で、ウィル・ロジャースが話題に出てそれを聞いている女性ふたりが「それはだあれ」と言います。どなたかご記憶の方はおられましょうか。はい、『カリフォルニア・ドールズ』ですね。コロンボを演じたピーター・フォークがその話をするのでございます。よくご存じでしたのでご褒美を差し上げます(一同笑)。この『淀川長治映画ベスト100&ベストテン』(河出文庫)を。ピーター・フォークが自分をつくったたくさんの人間がいると、運転しながら言うわけですね。聞いていたふたりの美女が、それだあれと言う。そこにも出てくるように、アメリカでは重要な人物ということになっております。(つづく)