私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

蓮實重彦 トークショー レポート・『周遊する蒸気船』(2)

【『周遊する蒸気船』について(2)】

 そのウィル・ロジャースがどのような雰囲気を持ち、何を演じたか。判事や医者を演じましたけれども、この作品(『周遊する蒸気船』〈1935〉)では船長役を演じております。

 結局のところ、last minutes reucueという最後の瞬間の救援、そのためにミシシッピー川の上を蒸気船が走り、他の者を蹴落とさなければならない。その蹴落とし方がいかに大胆か。あらゆるものを炉に放り込まなければいけませんので、ジョン・フォードの兄貴のフランシス・フォードが、ジョン・フォードによく出てくるステピン・フェチットを人形だと思って投げ込むようなおそろしい場面もありますが。

 『周遊する蒸気船』ですから舞台はもちろん船でございます。ジョンフォードは馬の人だと思われていて『砂に埋もれて』(1918)も素晴らしい西部劇です。何しろハリー・ケリーが馬に乗ったままホテルの2階に行ってしまう。そのような情況をいったい誰が想像することができただろうかと考えますと、私はいまだに胸がどきどきいたします。ただ実は船の人でもあって、海や川を扱った優れた作品がたくさんあります。ぜひぜひ見ていただきたいのが『コレヒドール戦記』(1945)。あまり有名ではありませんが、フォード作品に唯一出演したドナ・リードが素晴らしい。

 『コレヒドール戦記』、『鄙より都会へ』(1917)、『タバコ・ロード』(1941)。この3つは、フォードがお好きならぜひ見ていただきたいと思っております。ごらんいただいてつまらなかったという方は、こちらに申し出ていただいて、切符を払い戻していただくということは…ご相談しておりませんけれども(一同笑)そのくらいはしてくれると思っております。『鄙より都会へ』で馬が疾走し始める場面。ここに興奮しなければフォードを見る理由はございません。『タバコ・ロード』はいかにもいい加減でありながら最後には泣かされてしまうという作品でありまして。私は何せヘンリー・フォンダを憎んでおります(一同笑)。出た作品で優れたものがあるわけですけれども、主演したものよりも優れておりますから。『タバコ・ロード』はいい加減でしかし肝腎なところは押さえているフォードの演出力をごらんいただきたいと思います。

【『荒野の決闘』の2バージョン】

 『荒野の決闘』(1946)ではもとのフォードの撮ったもの、ダリル・F・ザナック20世紀フォックスのプロデューサー)が編集したのでないものは、ヘンリー・フォンダのアップがあるものよりはるかにいいと思いますが。それにしてもヘンリー・フォンダは憎いという私の気持ちは変わりません(一同笑)。ふたつのバージョンはぜひ見ていただきたいと思います。いかに、20世紀フォックスがくだらないクローズアップを入れたかがよく判ります。

淀川長治氏の想い出】

 1983年に、いまは存在いたしませんフィルムセンターに、そこで初めて『周遊する蒸気船』を見ました。戦前は日本では公開されていなかったんですね。それで私も妻と駆けつけまして、すっかり取り込まれまして階段を下りてまいりましたら、そこに淀川先生がおられて当時のフィルムセンターの職員に何やら饒舌に語っておられる。ところが私がふっと降りてまいりましたら「蓮實さあん」と初対面であるにもかかわらず手を挙げて。そして「えらいなあえらいなあ」「フォードの映画見に来てくれてありがとう」とおっしゃって(一同笑)。それから淀川先生と親しくさせていただきました。よどちょうさんと呼ばれる方がおられますが、あれは淀川先生が大嫌いでしたので間違ってもよどちょうさんなどとおっしゃってはいけません。周りでおっしゃる方がいましたら、そいつとは絶交なさってください(一同笑)。私は日本で誰の弟子ということはありませんけど、淀川さんがショットをひとつひとつ覚えておられるということから、私は大いにいろんなものを学んでおります。天国におられる淀川長治さんに、ごいっしょに日本での初上映を見た『周遊する蒸気船』にきょうはこれだけたくさんの方が集まってくださったのだということを、ご報告したいと思っております。きょうはどうもありがとうございました(拍手)。