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山田洋次と横尾忠則・『男はつらいよ お帰り 寅さん』

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山田洋次映画に横尾忠則の名前が混じっては困ると彼が本能的にガードしてるんだなって。それでも、どこかで山田さんから「あのアイディア、とてもいけると思いましたから使わせてください」と挨拶があるはず、と期待してました」(「週刊ポスト」2020年1月17・24日号)

 

 昨年末公開の山田洋次監督の映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019)にアイディアを盗用されたと、グラフィックデザイナーの横尾忠則が主張している。

 横尾によると彼が提案したのは、

①過去の作品をコラージュにしてつなぐ。

②現在のシーンを新撮する。

というものであり「芸術作品の根本はアイディアとコンセプトに尽きますそれが理解できない山田さんは芸術家ではありません」(「週刊ポスト」)と非難する。

 だが①②の方式は既に『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花 特別編』(1997)において試みられたものであり、山田にとっては横尾独自の発想と感じられなかったとしても無理はない。

 横尾の過去の作品には、周知の通り既存の多様な素材を組み合わせたものもあり、他者の「アイディアとコンセプト」を利用しているようにも思われる。人のことが言えるかという話であろう。 

 しかし一方で横尾は「はじめは内容証明を松竹へ送ろうかと思ってたんです。だけど、それだとクレジット欲しさのセコい感じがしてやめました。僕の気持ちを真摯に山田さん本人に伝えたいから、手紙にしたんですよ。一言、「あなたのアイディアを使うけれども、製作は任せてくれ」と断わってほしかった」(「週刊ポスト」)ともいう。

 映像作品の盗用問題で筆者にとって印象深いのは、NHK大河ドラマ武蔵 MUSASHI』(2003)が黒澤明監督の映画『七人の侍』(1954)の盗作であるとして訴えられた一件である。当初NHKは『七人の侍』を借りたと認めていたが、黒澤プロ側が著作権料の支払いと「協力:黒澤プロ」のクレジットを求めたところ拒否。裁判に発展したということであった。このように金銭による解決とクレジットというのが、通常の発想であろう。

 著作権料もクレジットも求めていない横尾は、インタビューの後半にて「アーティスト同士という感情以上に、山田さんに年上の友人として敬意を抱いていましたしね。僕は友情を踏みにじられたとも感じています」とも述べている。横尾の主張は真意を捉えづらいのだけれども、どうも「友情を踏みにじられた」という部分が主眼のように思われる。要は「友だちだと思ってたのに…」ということだろうか。

 ちなみに山田が他人に提示された「アイディアとコンセプト」を無断で使ったのは、今回が初めてではない。吹けば飛ぶよな男だが』(1968)の主演・なべおさみによれば、撮影中になべがテキ屋の口上を披露したところ、渥美清主演の映画『男はつらいよ』(1969)にて渥美がそれをそっくり口にしていたという。2019年に行われたなべと山田のトークイベントにて、なべの暴露?に筆者は耳を疑ったが、山田は穏やかに笑っていて実質的に認めていた。 

 『男はつらいよ』成立の経緯は小林信彦『おかしな男 渥美清』(ちくま文庫)、田山力哉『さよなら映画、また近いうちに』(キネマ旬報社)、秋野太作私が愛した渥美清』(光文社)などにて触れられているけれども、渥美にテキ屋の素養があったのを山田が採用した…というような書き方で、いずれも山田がいかなる形で口上を取材したのかは詳らかでない。

 渥美主演の『男はつらいよ』を目にして、なべおさみも「おれが口上を教えたのに、何でおれじゃないんだ?」と当然思ったことであろう。歳月を経て、先述のトークイベントの席でなべは山田をしきりに持ち上げていたが、その激賞に交えての暴露に、筆者はなべの静かなる復讐を感じてしまった。 

 横尾忠則に話を戻すと、横尾は『東京家族』(2013)や『家族はつらいよ』(2016)、『家族はつらいよ2』(2017)といった山田作品のタイトルデザインを担当している。横尾の仕事では往年の『太陽を盗んだ男』(1979)のポスターは鮮烈で、大河ドラマ『いだてん』(2019)のタイトルバックも壮麗なものであったけれども、筆者の見る限り『家族はつらいよ2』のタイトルは横尾の顔が紛れ込んできたりする珍妙な出来であった。砂を噛むような現実だが、山田にとっては横尾もなべも、渥美清ほどには重要な存在でなかったとしたら…。