私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

対談 別役実 × 岩松了 “2大作家がチェーホフを語り尽くす!”(2004)・『千年の三人姉妹』(2)

地下道で暮らす人たちの三人姉妹

岩松 ところで、別役さんは最初から『三人姉妹』がいいなと思っていたんですか? 『かもめ』や『桜の園』ではなく?

別役 『三人姉妹』がいいなと思ってましたね。要するに僕は、チェーホフを翻案したかったんですよ。そのままやると、なんとなく間接体験みたいな感じがあるから、丸ごと日本というか東洋に移し替えて、それによってチェーホフじゃなくなってしまう部分が出てきても構わないと思って。それで、戯曲としては『桜の園』も好きなんだけれども、『三人姉妹』のほうが日本の風俗に移し替えやすいかなと思った。まあ、実際にやってみたら、こんなに翻案が難しい本はなかったわけだけどね(苦笑)。

岩松 僕が以前『三人姉妹』をやったときは“地下道で暮らしてる人たちの話”っていう風にしたんです。戯曲を読んだら、「ここから抜け出すんだ」とか「働かなくちゃ」とか、そんなことばっかり言っていて、これはいわゆるホームレスの人たちの話にしたら、全部納得がいくなと思って。この『千年の三人姉妹』もどんどん落ちぶれていきますよね。しかも千年のスパンで。やっぱり、ずっと前から考えてらしたことなんですか? すぐ思いつくほど簡単な構造ではないなと思ったんですが。

別役 この『三人姉妹』に関しては、僕はまず時代の中に女が三人立っているようなイメージを持ったんですよ。でも、その時代は近代という射程では短すぎると思ってね。それで、千年という時の流れの中にスッと立っている女性というのはどうだろうと。アイデアとしては、人魚の肉を食べて八百年生きた「八百比丘尼」っていう伝説も少し利用したんだけど、要するに、近代の日本の女性と時代って、なかなか交差しないなあと思ってね。

岩松 時代と交差?

別役 ちょっとやそっとの時代の変化では左右されない感じがして、原作の舞台背景には、ダイナミックに移動していくロシアの時代があると思うんだけど、それをそのまま日本の近代に移しても、日本の女性、特に地方に住んでいる女性にとっては、それほどダイナミックではないだろうと思ったんです。それで時間を長くして、生々流転というような射程にした。そうなると、だんだんと着ているものもボロになって、身をやつして落ちぶれて、娼婦から浮浪者や犯罪者になってもおかしくないでしょ? ただ、最後の軍隊の行進の靴音はどうしようか悩みましたね。あれはある種、近代の中における時代の推移の残酷さを映し出すものなんだけど、日本的な現実の中では、物理的にないものだから。

岩松 僕は、始発の電車が走る音にしたんですよ。

別役 ああ、それは思いつかなかったなあ。

岩松 さらに、止まっていたエレベーターがバッと動き出すという。それはもう最初から決めてました。ただ、中身のテキストに関しては、あえて原作のままにしたんですね。演出も、よくある“舞台の外側で出番のない人が待っている”っていうのはやりたくなかったんで、そのまま見せたし。お陰で「劇中劇だってわからない」って苦情は出ましたけど、まあ、そんなこと知ったことかって感じで(笑)。

別役 僕もね、自らチェーホフに縛られたところはあるんですよ。頭と最後のセリフはそのまま使おうとか、対人関係と一場の登退場も原作を生かそうとか。それは、作業する上ではわりとよかったと思うんですよ。でも、条件の中でもがいた感じはありましたね。オリジナルのほうが楽だなぁと(苦笑)。

岩松 そうですか? 僕が台本を読ませていただいた印象としては、かなり楽しそうに書いてらっしゃるように感じたんですが。

別役 楽しくはあったよ。僕でもチェーホフでもないものの中へズンズン入って行く面白さがあったから。でもその分、悪戦苦闘もしましたね。いちばん苦労したのは、場を埋めている会話。原作の、ロシア上流階級のサロン的な会話の展開を、どう日本に置き換えたものかと思って。で、考えたのが、原作ではお喋りで埋められている関係を、対人関係のメリハリを強めることでつなげること。本当は、ロシア人的サロンのお喋りまで翻案したかったのに、その文体がついに見つからなくて。

岩松 チェーホフの戯曲って、なんだかいじくりたくなるんですよね。じつは僕、『「三人姉妹」を追放されしトゥーゼンバフの物語』っていう芝居を書いたことがあるんです。『三人姉妹』の中で、イリーナがトゥーゼンバフが死んだという知らせを受けたときに口にする「私、わかってた」という言葉をキーワードにしました。チェーホフはイリーナにこのセリフを言わせるためにトゥーゼンバフを殺した、ということでじつは、トゥーゼンバフは死んでいなかったという話。トゥーゼンバフは逃がされて、テネシー・ウィリアムズ全盛期のアメリカにたどり着き、そこで三人のイリーナと出会うんです。だから自分としては、『三人姉妹』を二度いじくっているような感じがしてるんですよ。

別役 人間の配置は決まっているんだけど、徹底的なところまでは描いていないからね、チェーホフは。描かれているのは、人間の葛藤ではなくて、人間模様だから。それで、いろいろ書きたくなるというか、いじりたくなる。そこでは、やる人間のさまざまな想像力みたいなものが発揮できるからね。(つづく)

以上、 『千年の三人姉妹』プログラムより引用。 

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