アメリカに住んでいたお嬢さま育ちの主人公(森星)が帰国すると、父(渡辺裕之)は逮捕され、東日本大震災が発生。彼氏(近江陽一郎)から被災犬・ソラを託された主人公の奇妙な冒険が始まる。
『1999年の夏休み』(1988)や『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)、『デスノート』(2006)などにより知られる金子修介監督が、震災直後の東京を舞台にドキュメンタルなタッチで撮った異色のコメディが『青いソラ白い雲』(2012)。実際に2011年5月に撮影されており、あのころを生々しく感じさせる意欲作である。
2月に新宿にてリバイバル上映、金子監督と脚本の金子二郎氏とのトークショーがあった(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。
【『青いソラ白い雲』(1)】
修介「犬の映画をつくらないかと言われまして。森星がデビューするので、犬と女の子の映画をつくってほしい、予算は1000万ぐらいしかないけどと。いまさら犬の映画もなと思ったのが2011年の4月ぐらい。そこから犬を被災犬にしてしまおうと、オリジナル脚本を二郎さんと荻原恵礼さんと3人でつくっていきました。
最後に森星ちゃんが政府も報道も嘘ばっかりって言うのは、現場では東京電力は嘘ばっかりと言ってました(笑)。時差ぼけで頭おかしくなってるんじゃないのって台詞は、放射能で頭おかしくなってるって言ってました。公開のころに、入れ替えたりもしています。
いまは、当時のほうが希望があったかなという感じで(笑)。こんな放射能だらけの没落した国にいてもしょうがないんじゃないかって台詞はそんなにリアルじゃないかなと思って書いたんですが、いまはリアルな台詞になってしまっている」
二郎「映画ではいっしょに仕事するのが初めてです。この映画は兄が入る前に、ぼくがプロデューサーからペットの映画をやらないかって言われまして、2011年3月9日が最初の打ち合わせ。出かけようとしたら前震があって、津波が来るかもと思ってテレビを見ていて、打ち合わせに遅れました。監督は誰にするのってプロデューサーに言ったら、きみのお兄ちゃんがいいんじゃないのと。兄はこんな安い映画撮らないんじゃないのと思ってたら、3月11日を迎えて。この企画なくなるだろう、どんな映画の企画もなくなるだろうみたいな雰囲気が業界全体に漂ってたんですが」
修介「3月11日は、KADOKAWAで『ドロロンえん魔くん』というのを大作じゃないけどやろうとしてて、打ち合わせに行こうとして。津波が来ているテレビを気にしながらバスに乗ったけど、途中までしか動かない。その企画はなくなっちゃいましたね」
二郎「監督がこの企画に入って。手柄を自分でとるみたいですけど、被災した犬をめぐってみんなであーだこーだ言う映画がいいんじゃない?って言い出したのがぼくだった記憶があります」
修介「星ちゃんもワークショップに来てもらったりして。この映画の俳優さんは35人ぐらいがワークショップの人ですね。それプラスうちの奥さん(金子奈々子)」
二郎「緑のジャージがよく似合う(笑)。義理の姉です。
結末は、こういう経験をした主人公がどうするかっていうのが、ホンをつくっていてなかなか見つかんなくて。よくあるような、福祉の仕事を始めましたみたいなのはやめよう。それでちょっとぼくがトイレに立って帰ってきたら「植木等の唄、覚えてる?」って言うんですよ、監督が。「「だまって俺について来い」、あの気分だよな」って言うんですよね。ああそれいいねってプロデューサーも。いまの気分に合ってるよな」
修介「あのころの世の中は「見上げてごらん夜の星を」が唄われてたんですよ。2011年5月ごろ。その次は植木等が来るんじゃないかと、一歩先を行こうと。いまは戦後みたいなもので、高度成長で上向きになったら植木等が来るかなと」
二郎「ちょっと違いましたけど(笑)」(つづく)
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