黒沢「(『悪魔のいけにえ』〈1974〉を)見た当時は品格という言葉は思わなかったんですけど。静かな時間を爆音でどう表現するか(笑)。聞きどころでしょうか。判る人には判るというか。何も起こってない時間が、実に心地いい。それが映画の基本だと思いますが。
典型的なアメリカ映画は、次々とものごとが起こって飽きさせない。そういう素速い展開は、トビー・フーパーには少ない。ひとつのことをじっくりやって突然何かが起こるんですが、起こる前は悠長。ぼく、10年ぶりくらいにきょう見るんですが。
この映画はヒッチコックっぽい。『サイコ』(1960)と元ねたが同じなんですね。エド・ゲインっていう殺人鬼の事件を元にしていて、『サイコ』っぽいというか。ドアのあれ(笑)。こわごわドアを開けて襲われるという定番のシークエンスですが、現れるタイミングを見事にずらすんですね。このへんに来るって思ったら、来なかったり。思う前に来るとか。『悪魔のいけにえ』は入っていってやられるタイミングがこちらの想像とずれていて、衝撃もあって、ぼくはヒッチコック的だと。フーパーが意識したかは判りませんが。音のキーンっていうのも、『サイコ』っぽい。似せようとしているのかな。ずらしてずらしてもう1回ずらすと普通の形になるっていうのは、よくありますけど。正解はないんです。ただやっぱりある基準があって、あるときは基準通り、ここではフーパーみたいにやろうとか。その基準を知ってるかどうかである品格が出ると自分では思っていて(笑)。フーパーがどこまで意図したか判りませんが、『サイコ』をもう1回やろうと意識したと…。
いろんな試行錯誤をしつつ、本人の基本的な才能と70年代のアメリカ映画の何やってもいい、どこに向かっていくか判らないアナーキーな中で、才能と偶然とアナーキーさが組み合わさって傑作ができたと思いますね。フーパーももう1回はできないと言ってますし、いろいろと奇跡的にかみ合ったのだと思います」
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黒沢「(レザーフェイスの)マスクは一度も取られない。マスクは取ると顔が見えるから、あいつがってためにある。でも一度も取られないのはこれが初めてで、マスクと言っても顔が見えるんですけど、透けて見える目元、口元で想像だけさせる。ぼくは自分の映画でもそういう人は出したことないんですが、映画のキャラクターからずれて独特の時間を過ごしてしまっている。出したくても、レザーフェイスになってしまう。娘を嫁にやる父親をやろうとすると、笠智衆で小津安二郎になってしまうみたいな(笑)。避けているわけですが、アンタッチャブルで小津みたいに触ってはいけない映画史の神聖な部分。オマージュできない別格なものです。
トビー・フーパーもアメリカのどこにでもある田舎の一軒家に、日常的なものと普通ありえないよねっていうものが。美術的にくっつけてあるんですが。特別なもの、ありえないものが、無理を承知で家と共存してる。混合物のように家をつくっています。それは、ぼくもいつもやっているんですよ。『悪魔のいけにえ』みたいにはしていないですが、でもここに柱をドーンと置くとか」
『悪魔のいけにえ』はシリーズ化され、前日譚が日本でも来春公開予定だという。
黒沢「そんなのつくった人いるんだ」
樋口「H・R・ギーガーのドキュメンタリーをやってたんですけど、誕生日にお父さんに髑髏をプレゼントされたって。前日譚ではお父さんにチェーンソーをプレゼントされるらしいです」
黒沢「お父さん? あ、(『いけにえ』に)出てくるのはお祖父さんか(笑)」
上映終了後は、久々に『いけにえ』をスクリーンで鑑賞した黒沢監督をさがしたが、見当たらなかった。
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