
【『おかあさん』(2)】
原「克明に覚えてますけど、その日はバレンタインデーで、終わったら川津(川津祐介)くん誘って飲みに行こうかなって。2月14日の夜9時から9時半までの本番ですから、飲みに行くのにちょうどいい時間じゃないですか。でも恋人来てるからダメってすぐふられましたけど(一同笑)。
リハーサルはすごかったですよ。稽古はふたりで顔近づけて、畳1畳あればできるんじゃないかと。大きなリハーサル室なのにこんなに近づけて。わりあいしつこく稽古しました。だあーっと通して撮りますから、やっぱり稽古してないと心配ですよね。1週間近くは稽古してたんじゃないかと思います。ある日終わらなくて、次の仕事に行けなかったです。
終わりのほう(晩年)の実相寺は(夕方)5時で終わって飲もうって感じだったでしょ。あのころはやめてくんないかなって思っても、夜12時とかまで延びましたね。何考えてたんでしょうね。そのとき初対面でしたから。
あの人ガバチョって言われてて「ガバチョ引いた」って。(カメラが)引いたときはすごいロングに行くんですね。引いた画ありますよね」
油谷「当時のテレビは14インチですよね。あのサイズの受像機であの画をつくったってのは、びっくりしますね」
原「あの人の画がありますから、ここにいなければいけないって強迫観念がありますよね。引いてもいけないし、出てもいけない。見事にパーツパーツに顔を分けられて(目や口のアップで)ああこんな顔だったのかと思いますね」
油谷「特に「さらばルイジアナ」ではパーツの強調が多かった。それやっぱり原さんに惚れてたんですかね」
原「初対面ですよ」

【人間・実相寺昭雄】
原「まず薄ぎたない。結婚するとき、およしなさい、あんなきたないの、きちがいみたいなのって電話かかってきましたよ(一同笑)。うちの母は「まだいるの、まだいるの」って。きちがい、きたないが圧倒的に多かったですね。放送禁止用語ですが。
いままでうじうじして、別れりゃいいのに。でもあの膨大な本(蔵書)見たら、誰がどうやって片づけるか。じゃあがまんしようか(一同笑)。
あの人、そんなに変わってます? 神経質に見えるけど、意外と…。A型だけどBに近いA型。そんなに暗くないですよ。難しくもない。優しいですよね」
油谷「私は世代的に、『ウルトラマン』(1966)とかファンが見るような作品にはまってないです。大学辞めてふらふらしてるときに『無常』(1970)を見て、暗い映画撮るおやじがいるなと(笑)。いっしょに仕事すると思ってなかったですけど。作品より実相寺さんのキャラクターにはまった」
原「名字にはまったんじゃないの、特殊で。あの名字で得してません? 田中とかより、ちょっと違うんじゃないかって思いません?(一同笑)」
油谷「まだ親しくなくて畏れ多いときに、電話かけてこられて。「実相寺です」って。それだけでなんかぎゅっとお前もう逃がさないぞと。
実相寺さんは長老の心をつかむのも巧みで、じじ殺し」
原「わりと社交家ですよね。撮る作品からはそう思われないですけど。意外といい加減な男ですよ〜(一同笑)」
場内には、脚本の田村孟氏の親族の方もいらしていた。
原「サエコって名前のときは、田村さんの思い入れが強いんですよ。守(佐々木守)さんは美也子、すぐわかりますよね。いちばん気持ちを込めて書いた役」
油谷「実相寺さんはチサコって名前使ったりします?」
原「ないですね(一同笑)」
原氏のトークを聴くのは約6年ぶりだったが、前回よりお元気なくらいだった。
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