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野沢尚作品のラストの哀しみ・『恋愛時代』

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 シナリオライター・作家として活躍した故・野沢尚の小説作品『恋愛時代』(幻冬舎文庫)が、深夜ドラマ化されている。こってりした原作小説は軽めのタッチに改変されているが(脚本:藤井清美)原作の発表から20年近くを経ての映像化は、筆者のようなマニアックな野沢ファンにとって嬉しい。

 木曜ゴールデンドラマ『殺して、あなた』(1985)にて24歳で脚本家デビューした野沢は1990年代から小説作品も発表し、1997年に『破線のマリス』(講談社文庫)により第43回江戸川乱歩賞を受賞。『恋愛時代』は乱歩賞の受賞直前の1996年に刊行された作品で、第4回島清恋愛文学賞を受賞した(「TeLePAL」〈1997年 No.9〉によると、野沢自身の脚色でテレビ化の企画が当時進行していたようだが、どうも頓挫したらしい)。

恋愛時代〈上〉 (幻冬舎文庫)

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恋愛時代 DVD-BOX

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 別れた夫婦が、勢いでそれぞれに結婚相手を紹介することになり、騒動が巻き起こる。全編に饒舌な台詞が繰り出されるコミカルな恋愛小説で(女言葉がいかにも古く、ちょっと読みづらいという向きもあろうが…)シリアスな『破線のマリス』とは随分印象が異なり、『マリス』のイメージで読まれた方は意外に感じたかもしれない。元夫婦の別れたきっかけは、子どもの死(子どもが死んで夫婦が別れるという展開は、野沢脚本のテレビ『この愛に生きて』〈1994〉や、『ふたたびの恋』〈文春文庫〉所収の「さようならを言う恋」などにも見られる)。主人公のふたりのたどり着いた最終章は、ほろ苦い。

 

正直言うとね、こんな程度の幸せが欲しくて、パパとママはあんなに回り道をしてきたのかなって愕然とする時もあるわ。恋愛時代が遠く過ぎ去ってしまったことに溜め息をつきたくなる時もある」(『恋愛時代(下)』〈幻冬舎文庫〉)

 

 文庫版の解説の池上冬樹氏は「ラストにおけるビタースイートな味わい」は『破線のマリス』などのサスペンス作品にも通ずると指摘する(「ビタースイート」などという語感は恥ずかしいが…)。コメディータッチの作品だからといって豪快にハッピーエンドで締めずに悲哀を滲ませるのが、野沢作品の身上である。 

 『恋愛時代』のような恋愛路線とは別に、野沢作品には報道を描いた系譜がある。ニュース番組の編集ウーマンを描いた『破線のマリス』は、当初は2時間ドラマの企画だったそうだが、報道はテレビ・小説にまたがるライフワーク的な主題であった。そして、それらのラストも、池上氏の指摘の通り「ビタースイート」。

 アメリカでの実話をもとにした木曜ゴールデンドラマ『愛の世界』(1990)は、野沢が名コンビだった演出家の鶴橋康夫に初めて自ら企画を出した作品で、1990年度文化庁芸術作品賞を受賞。主人公の社会部記者(大竹しのぶ)の栄光と転落が描かれ、ラストではクレジットタイトルの流れる中で、すべてを失いつつも再起を図る記者のしたたかな姿が映し出される。

 やはり野沢脚本 × 鶴橋演出による、木曜ゴールデン枠の『東京ららばい』(1991)は、現実のバッシング報道をヒントに構想された。主人公の女性(大竹しのぶ)が、既に子どもが3人もいることを隠して証券マン(斉木しげる)と結婚。子どものところと男の家とを、密かに行き来する。結局、子どものひとりを死なせてしまって秘密は露見し、マスコミに袋叩きにされることに。ラストで主人公は、トラウマにさいなまれつつも、証券マンの夫が自分と血の繋がらない子どもをかわいがる光景を見つめる。傷は残ったが、夫は隠し子を受け入れてくれたようで(その経緯は省略されるのが心憎い)哀しみと希望とがないまぜになっている。

 その他の恋愛ドラマとしては第17回向田邦子賞を受賞したテレビ『結婚前夜』(1998)、倉本聰三谷幸喜と共作したリレードラマ『川、いつか海へ』(2003)がある。

 『結婚前夜』は、主人公・奈緒夏川結衣)と婚約者(ユースケ・サンタマリア)、その父・楯夫(橋爪功)の三角関係の物語。奈緒の結婚式を、義父となった楯夫が見守るところで、幕が降りる。

 

楯夫……淡い微笑みから、くしゃっとした笑顔になる。それはどことなく切ない笑顔だった」(『結婚前夜』〈読売新聞社〉)

結婚前夜

結婚前夜

 川、いつか海へ』は、別れた元夫婦(深津絵里ユースケ・サンタマリア)がメインという『恋愛時代』を思わせる設定。借金と詐欺を重ねて窮地に陥ったユースケを元妻の深津とその母(浅丘ルリ子)が救い、ユースケは罪を償うという結末で、やはりほろ苦いハッピーエンドであった。

川、いつか海へ DVD-BOX

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 野沢はエッセイで「常に悲観的に物事を考える僕」などと自嘲気味に記していたが(『映画館に、日本映画があった頃』〈キネマ旬報社〉)ペシミストの彼は能天気に万事解決するようなラストを描くことができなかったのであろう。

 野沢作品の描く哀しみと隣り合わせの希望は、野沢亡きいまも、この世という“地獄”を歩いている私たちをそっと照らしてくれる気がするのだ。

 

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映画館に、日本映画があった頃

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