俳優の蟹江敬三が逝去した。昨年に『あまちゃん』(2013)の祖父役で健在を示していたので、急死という感がある。
蟹江の仕事と言えばかつては強面を生かした悪役・犯人役が多く、その後は善人役に転じていったと報じられている(筆者がリアルタイムで強い印象を受けた『沙粧妙子最後の事件』〈1995〉、『葵徳川三代』〈2000〉などでは、悪人ではないが粗暴な役どころだった)。だが初期の蟹江はただ乱暴な悪役だったわけでもなく、蜷川幸雄らの演劇集団 “桜社” の伝説的な舞台『盲導犬』(1973)、テレビ『ウルトラマンレオ』(1975)など既に多彩な仕事をこなしていた(生まれていなかった筆者は舞台を鑑賞する機会がなかったが)。
いまも容易に見られる『ウルトラマンレオ』では狂気の “円盤生物” 役で、悪役ではあるけれども強面ではなく、軟体動物のような怪演が無気味でコミカルだった。30歳前後の時点で、蟹江にはどんな役でもできる硬軟自在の演技力が宿っていたのである。
その蟹江敬三の1970年代の代表的な仕事のひとつとして、にっかつロマンポルノの『天使のはらわた 赤い教室』(1979)の準主演が挙げられる。人気劇画を映画化したシリーズの1本で、原作者の石井隆が脚本も執筆。演出を手がけた曽根中生監督の作品群においても、『赤い教室』は出色の出来映えとたたえられる。
エロ本の編集者・村木(蟹江)は、教育実習生の女性が教室で輪姦されるブルーフィルムに強く惹きつけられる。彼は偶然、その女性・名美(水原ゆう紀)と会えた。そして、あのブルーフィルムは、実際に乱暴されるのを映したものが出回っていたと知らされる。ふたりはあしたの夜また会おうと約束するが、その日、勤め先が警察の摘発を受けた村木は連行されてしまう。雨降る中、村木を待つ名美。
3年後、村木は、場末の店で働く名美と再会する。
『天使のはらわた』シリーズの中でも、この『赤い教室』は特に悲惨なストーリーが展開され、後半の連れ込み宿や白黒ショーの行われる店は悪夢のような光景である。また、ラストの別れのシーンで、名美が水たまりの中を去っていく姿など映像の切り取り方にも打たれる。プロットにも演出にも退廃美があふれているのだった。
名美と村木が過去を語らう、中盤のシーンが忘れ難い。夕陽が差し込んでいたのが、次第に陽が陰っていき、部屋は夕闇につつまれる。やがて部屋は真っ暗になり、村木は明かりを付ける。窓に浮かび上がる、青いネオンサインの光。その間は10分もないので、いくら冬でもそんな短い時間に陽が沈んで暗くなることはないのだろうけれど、不思議と違和感がない。
そのシーンを支えるのが、にっかつのスタッフ(撮影の水野尾信正、照明の熊谷秀夫などいずれもベテラン)に加えて、蟹江敬三の芝居であった。約3分の長回しもあるが、さすが舞台で鍛えられただけあって間然とするところがない。
「おれは、フィルムの中のあんたに惚れちまったんだよ。フィルムの外で、ぜひ会いたいと思った」
「口ではうまく言えないけど、あんた、思ってた通りの人だったよ。フィルムから察した通りのね。いい女だよ」
享年69歳。合掌。
【関連記事】諦観のやすらぎ・『天使のはらわた 赤い眩暈』