私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一講演会 “時は立ちどまらない” レポート(2)

【生きるリアリティ (2)】

 どっちか選ばないと、飢える、死ぬ、殺されるっていう社会だとほんとのことが見えてくる。でもそうでないとどんどんリアリティがなくなってくる。たしかに夢を描ける装置のおかげで、どれだけ助かってるか判らない。でもぼくたちの生活の80%が実は必要ないんじゃないかな。

 いまの中学受験の予備校みたいなところで、ぼくの文章が課題に使われることがある。そういうのは(事前に連絡はなく)出てから送ってくるんです。小学6年生がこんな中年の感慨みたいなものがわかるのかなって(一同笑)。その問題(の選択肢)が、どういう気持ちか、悲しいか、淋しいか、嬉しいかチョイスしろと。でも文学ってそういうチョイスから遠いところにあるんじゃないかな。悲しいような気もするし、嬉しいような気もするし、いちばん質のいい人はどれもあてはまるって答えるんじゃないでしょうか。この中から選ぶというのは神経症的なところにいるなって。

 ぼくたちは社会に出てから、一部の人を除いて、小学校の算数以外の数学を必要としないですね。微積分とか、出れば忘れちゃって一生困らない。もうちょっとリアリティを持とうって。多くの人は必要ない無駄な勉強をぎっしりやって、あんなのは子どもいじめですね。

 スマートフォンも少し前はなかったのに、いまはすぐメールに返信しなきゃ失礼になって、さだまさしさんが大変だって書いてましたけど。

 役に立たない勉強、役に立たないスマホ、なければ静かに暮らしていけるのに、リアリティを失っている。

 戦争を知っている人は少なくなって、あのころ子どもだったぼくたちでも少し発言する資格があるかなって思うんですけど。戦争でものすごくたくさんの人が死んだんですね。貧しさや薬のなさ、いろんな不幸がぎっしりあった。そのころ決まり文句があって「死んだら終わり、生き抜け」っていろんな映画が言ってました。でも少し豊かになると、ただ生きてるだけじゃなくて意味がいる。愉しまなきゃとか価値観が変わりましたね。

 でも私たちが何となく思ってる、意味のある生き方じゃないとダメとか愉しみがないと生きてる甲斐がないとか、それも間違った価値観じゃないかと思いますね。豪華客船に乗らなくても、そのへんうろうろ歩いてる人でも豊かなものを摂取しているかもしれない。当たり前に思える価値観が私たちを痛めつけている。実は空疎だってものがあると思いますですね。

 いまの日本だと揺さぶると嘘ばっかり。大切なのはひとりひとりがリアリティを持って、自分の歓びをさがすというか。

 バラを見ると綺麗ですね。でも食べてもおいしくないでしょう。見た目がいいと、他の価値まで高くなっているように思える。綺麗な女性は気立てもいいし頭もいいかっていうと、そんなことはない(一同笑)。むしろそうでない人が鍛えられていて、自分も世間も知っていて優しいかもしれない。綺麗で才能がある人なんて、手に負えないですね(一同笑)。 

【子育てについて(1)】

 人間はもともと何だったんだろうって考えると、ひとつは子育てです。子どもは日本の美意識も価値観も判らない。それに打ちのめされましたね。どこで泣くかも判らない。殴るわけにもいかないし(一同笑)。夜中は女房と交代で抱いて、寝不足と戦って、こういうところでリアリティを叩き込まれましたですね。子どもを育てるって大変だけど、ぼくらにとって基本的なことを教えてくれる。子どもが向こうから走ってきて全身で飛びついてくる。そのとき、こんな幸福があるだろうかと思いましたね…。うちはぼくが家で仕事してますけど、それでも大変で、デパートに女房とふたりで行けたらいいなって思いましたね。そういう厄介さはあったけど、でもそれは短い間でしたね。

 ぼくは夕方必ず散歩してるけど自転車が後ろからサッと来て怖い。でも子どもを3人も乗せたお母さんとか見ると、すげえとか思って腹立たないですね(笑)。

 子どもが自分を訓練してくれる、鍛えてくれるってところがある。(つづく

 

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