この4月から5月にかけて “シネマヴェーラ渋谷” にて岸田森特集が行われており、映画とテレビドラマの計18本が上映されている。故・岸田森は、岡本喜八、実相寺昭雄、藤田敏八、山本迪夫など名監督の諸映画に加えて、テレビ『帰ってきたウルトラマン』(1971)、『傷だらけの天使』(1974)、『太陽戦隊サンバルカン』(1981)などさまざまな作品における名演・怪演で知られる素晴らしい役者さんであった。
今回の特集上映では、映画に加えて、いまではあまり見る機会のないテレビ作品も上映される。その1本の『可愛い悪魔』(1982)は “火曜サスペンス劇場” の枠で流れた。火曜サスペンスと言えば気軽に見ていられる推理ドラマという印象だったけれども、初期の80年代には鈴木清順など曲者監督の異色作もあり、本作もそのひとつである。演出は、映画『転校生』(1982)により当時新鋭監督として注目を集めていた大林宣彦が手がけた。製作は『ウルトラマン』(1966)などで知られる円谷プロ。
この作品はビデオ化されており、筆者はレンタルで見た。1998年に、いまはなき “大井武蔵野館” のスクリーンにて上映されたこともあったという。スクリーンにかかるのは、おそらくそれ以来だろう。
197X年の夏、結婚式の最中に花嫁が惨死。花婿の姪・ありすが「死んじゃえ」とつぶやいた直後の出来事だった。
数年後、その花嫁の妹(秋吉久美子)は婚約者の男性が事故死したことによって精神を病み、ウィーンから日本へ帰国する。亡き姉の結婚相手である義兄(渡辺裕之)の世話で、主人公は成長したありす(川村ティナ)のピアノの家庭教師となった。その瀟洒な邸宅にやって来た彼女はありすの母(赤座美代子)の怯えた様子を不思議に思うが、やがてありすが大人たちを次々と手にかけていく悪魔であることを知る。
大人の目から見た子どもの恐ろしさを描いた作品としては松本清張『潜在光景』(角川文庫)、藤子・F・不二雄「わが子・スーパーマン」(『異色短編集1 ミノタウロスの皿』〈小学館文庫〉所収)などがあり、この『可愛い悪魔』はそれらに比肩する傑作である。例に挙げた2作では男の子が暗躍するのに対して『可愛い悪魔』の殺人者・ありすは、花嫁のヴェールやイケメンの叔父などを欲し、女の欲望を剥き出しにする。この点では子どもを描くだけでなく、女性のおそろしさを描出する意図があったように感じられる(脚本:那須真知子)。主人公は精神状態がおかしいと周囲に思われていて、ありすの悪事を訴えても相手にしてもらえない。
そして悪乗りする大林宣彦演出が恐怖を上乗せする。冒頭のほとんどバラバラ状態の花嫁のシーンでもぎょっとなるが、車に押しつぶされた婚約者の青年、鉄橋から蹴落とされる先生、火だるまになる男(このロリコン男をシンガーソングライターのみなみらんぼうが好演。風貌が気持ち悪くて見事なキャスティング)などいまではとても地上波で流せないショックシーンの連続…。そして極めつけは赤座美代子が金魚鉢で襲われる場面で、ホラーは比較的平気な筆者でも腰を抜かしそうになった(笑ってしまうところでもあるが)。
大林監督と言えば、先述の『転校生』の他に『さびしんぼう』(1985)やAKB48「So long!」のPV(2012)など、過度に叙情的かつ技巧的で変態っぽい青春ドラマのつくり手という印象が強いけれども、思えば彼の伝説的なデビュー作『HOUSE』(1977)は女子高生たちが家に食べられていくというホラー怪作だった。『HOUSE』はコメディ調だったが他に『瞳の中の訪問者』(1977)、『廃市』(1984)、『はるか、ノスタルジィ』(1993)、『理由』(2004)など出来不出来は別にして妙にぞくりとする無気味なイメージにあふれた作品も多数ある。『可愛い悪魔』は、その意味で大林作品の系譜から外れたものではない。ちなみに終盤のシャワーのシーンは6年後に大林監督が撮った『異人たちとの夏』(1988)のクライマックスをやや想起させるが、『悪魔』のほうが成功しているように思われる。
ただ “大井武蔵野館” にてこの作品を上映した小野善太郎氏は、テレビでは面白かったこの作品がスクリーンでは「騒々しい」と評しており(「映画芸術」No387)やはりテレビで見るのがいいのかもしれない。
岸田森は、シネマヴェーラのサイトによると「ミリタリー風の変な制服姿の別荘の番人」役でわずかに登場。最晩年で声も出にくくなっていたが(台詞も少しある)円谷プロの宍倉紀子プロデューサーとの友情によって出演したという(『円谷プロ怪奇ドラマ大作戦』〈洋泉社〉)。『可愛い悪魔』を見直すと、放送から半年も経たないうちに天に召された岸田森の怪演に、ちょっとせつない気持ちにさせられるのだった。