私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

山田太一講演会 “今ここで生きているということ” レポート(3)

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【生きるかなしみ (2)】

 勇気をもらうとか元気を出してとかテレビは決まり文句をがんがん言うけど、そういうことをしょっちゅう言ってるとその言葉が本当のような気がしてくる。でも元気じゃなきゃ生きていけないのか、不幸なのか、それは問い直していいんじゃないかな。

 永井荷風が晩年のエッセイで、自分の人生は彩りもないつまらない人生だった、でも彩りがあるとすれば淋しいとき、かなしいときに彩りがあったと言っています。

 そういう視点は大事で、ただプラスとマイナスで分けるのでいいのかな。リニアで名古屋へすぐ行けるとか、家電や冷蔵庫がすぐ変わるとか、それがプラスでしょうか。かなしいってそんなに排除すべきものなのか。いま癌ならそれはかなしいですけど、それを切り抜けたら財産になるんじゃないですか。失恋とか失業とか当座はつらいですけど、後になってみたら潤いやなつかしさに変わっていることもありますね。ただ嬉しくてたまらないうちに年とって死にましたって、それはどうでしょう(一同笑)。そんな人はあまりいないかもしれないけど。

 

【プラスとマイナス】

 ワープロが出始めたころ、ワープロで来た手紙は「あ、ダイレクトメール」と思って捨ててたら私信だったってことがありました。私信でもワープロを使うのかって。でも手書きってものすごい情報があって、どのくらいの知性か(一同笑)男か女か、若いか年寄りか全部判りますよ。ワープロになると味わいがなくって、それのどこが進歩なのかな。

 ぼくは本の病にかかっていて、いつも2、3冊手に入らない本が頭にあって、たまに神田を歩いていてあの本はないかなってさがしています。でもいまはアマゾンがあって迷惑(一同笑)。何てニュアンスがないんだ。パッと見つけてパッと送られてきて、これは文化の敵ですね。そんなことが文明の進歩とともに起こってますね。 

 少し前に『男たちの旅路/車輪の一歩』(1979)というドラマを書きまして、これは(身障者の人は)ぎりぎりの迷惑ならかけていいんじゃないかっていうのがテーマで、最後は豪徳寺の駅前の階段で車いすの人を周囲の人が持ち上げるところで終わりにしたんです。ドラマの放送後にそういう親切が(実際に)少しあったそうです。昔は車いすの場合は何時に来るって1週間前に予約しろって言ってる冗談みたいな駅もあって、いまはそんなのがなくなってエレベーターがありますからいいことだけど、今度はちょっと世話しようって人間が動けなくなってしまうんですね。

 進歩ってものにはプラスもマイナスもあって、でも私たちは合理化や進歩に弱い。

 ピアニストの仲道郁代さんが、ショパンピアノ曲ってすごく小さな音を出せるのが特徴だとおっしゃっていました。少人数で聞いてるといいんですが、仲道さんが有名になって大ホールで演奏するようになると後ろの人に聞こえない。だからピアノを改造するのだそうです。人(お客)を呼ばなきゃいけないから。

 劇作家の本谷有希子さんのテレビを見ていましたら、小劇場で(公演を)やると微妙な台詞は全部伝わったんですが、やはり有名になって大劇場でやると伝わらなくなってしまう。経済的には大ホールがいいんだけど、微妙なところはなくなってしまうんですね。

 BSでやってた、本谷さんがラスベガスのストリップ劇場を訪問するという番組を見ていましたら、焦らしのストリップが出てきたんです。前を隠してちらっと見せるのがうまい。でも本谷さんは恥じらいがないって言う。アメリカのストリップは、アクションだけで恥じらいってものがない。本谷さんはそれも舞台が大きいからじゃないかと。お客さんがたくさん入ることで、ある種の現実をつぶしてしまうんですね。

 マイナスだと言われるものを改良するうちに良さもつぶしてしまう。それがもっと語られてもいいんじゃないかな。 

 最近ポール・マッカートニーが日本へ来ていて、いまもいるのかな。ぼくは好きですし、70過ぎてるのに4時間唄ったってすごいなと思いましたけど、あれは口パクですよって言われて。え、口パク(一同笑)。全部じゃないですよ。でもあんなにみんな興奮してるのに、口パクだったか。いまは油断も隙も無い(一同笑)。

 私たちは決まり文句で片づけないで、考えなきゃいけないですね。そうじゃないとだまされるばかりです。新しいものを自分は使わないって、年とった人はそれでもいいんじゃないかな。

 いまでも手書きですが、私の字を若い人は読めないって言ってて、え、読めないかおれの字(笑)。印刷所の人は手書きの方たくさんいますからいいですよって、商売だから言ってくれるんだけど。まあぼくは死んじゃうんでいいんですけど(一同笑)。もう個人で抵抗するしかないかなって。ドラマを書くのもあと少しでしょうし。

 

【その他の発言】

 本って肝腎なときに役に立たないですけど(一同笑)みんな現実だけじゃ厭だって思いがある。いきいきした物語が欲しいとか。ぼくは、本は悪徳だと思いつつもやめられなくて、本の話が出てしまいますね。

 ある時代から若い人が本を読まなくなって、どうやって人生を学ぶんだろうと。経験がありますけど。イギリスの評論家のジョン・スタイナーが「歌で人生を学ぶ」って言ってて、ああそうかって。ぼくなんかは深みがない気もするけど。いまは本を買いに人が殺到するなんて村上春樹さんくらいですね。でも音楽はいまもすごい(人気)ですね。歌で伝わるものには限度があって、本にも限度があって、両方豊かであってほしいですね。

 ぼくは(若いときから)ずっとうちで書いてるんで、女房が「(よその)奥さんは(定年になった旦那が家にいると)嘆いてるけど、うちなんてずっとよ」って(笑)。

 別の世界に入って書いてるんで、一日くらい空くと書く世界に戻るのに何時間かかかっちゃう。

 仕事しか能がないタイプの人間は、ぼくもそうですけど(定年になって)それをしないときついと思いますね。何か好きなものを見つけなきゃいけないんだけど、それには男は女の人より向いてるんじゃないかな。バカなもの集め始めて、奥さんに文句言われるとか(笑)。結局男は淋しい存在ですね。子育てでも、いいところはお母さんにとられちゃうし。 

 (団塊世代など)世代的なことをドラマにしようとしても、新聞記事みたいなドラマになっちゃう。こういう人がいる、こういう人もいるって書いてくと平均的になってしまって、そういうのは難しいですね。

 3.11の津波をドラマにできないかとずっと思っていて(2014年2月放送予定)。(ドラマで)誰かを傷つけちゃいけない。でも現実を取材していると、愉しく勇気が出るような話にはできない。原発もありますし。(主演の)中井貴一さん、あの人はほんとにいいですね。

 あのとき溝の口のスーパー(の食品などの物資)ががらがらになって、ぼくはびっくりしましたね。日本人はのんきと思っていましたけど、感度がいいと言うか、エゴイストと言うか…。