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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

ふたつの愛・荻野目慶子『女優の夜』

 1990年、女優・荻野目慶子の自宅マンションにて、荻野目と不倫関係にあった男性が自殺した。妻子ある身の彼は荻野目と交際しており、それ自体は別に珍しくもないけれども、よりにもよって有名人である荻野目の自宅を死に場所に選んだというのが衝撃的だったのであろう。。

 まだ幼かった筆者は、はっきりとした記憶ではないが、テレビでこの事件がセンセーショナルに取りあげられていたのを、何となく覚えている(たしかコメンテーターの故・大島渚が、ひどい男だと罵っていた)。また、荻野目がヒロイン役を演じて事件直前に封切られた映画『ウルトラQ ザ・ムービー 星の伝説』(1990)を筆者は見に行っており、あの映画の人が…という驚きもあった。事件の後、テレビ『人間・失格』(1994)や『愛のソレア』(2004)、映画『いつかギラギラする日』(1992)などでエキセントリックな役を演じる荻野目の姿を目にした。 

 荻野目のエッセイ『女優の夜』(幻冬舎)は、例の事件などにも触れたもので、2002年に発表されている。結構以前に読んでいるのだが、最近『相棒』の再放送で荻野目がゲストとして登場した回(Season 6「蟷螂たちの幸福」)を見たこともあって、読み返してみた。 

女優の夜

女優の夜

 

 『女優の夜』では、幼少期や学生時代のエピソードもあるにはあるものの、大半を占めているのはふたりの愛人にまつわる回想である。ひとりは自殺した映画監督のK、もうひとりは『仁義なき戦い』(1973)などで知られる故・深作欣二監督。 

 家庭を持つKは、若手女優として売り出し中の荻野目と同棲した。テレビの演出家を経て、念願の映画を撮ったKだが、その作品が興行的にうまくいかず、負債を抱えることになったという。仕事を失い金に事欠く彼は、なし崩し的に「全ての支払い」を荻野目に頼るようになった。16歳も年下であるにも関わらず、「どこへ行くにも何をするにも、彼の着換え、食事、お酒、生活用品…」を荻野目は賄う。 
 一方で「僕は妻も子供も愛している。君とはまるで別の愛情だ」と言い出す。つまり「僕は妻とは離婚するつもりはないということを暗に告げていた」のであった。 
 ただし、その教養や演技指導などを鑑みるに、彼はある程度の才能の持ち主だったと描かれている。 

 Kが精神を病んで自死してから、荻野目は芸能マスコミの激しい攻勢にさらされることになった。 
 Kに死なれた部屋から引っ越すためにタクシーに乗ると、「この近くのマンションでオギノメケイコっていう女優の愛人が首を吊ったそうですよ」と本人を前にしているとは知る由もない運転手に言われ、「呼吸が乱れ、涙が止まらなくなる」。 

 そんな地獄を見た荻野目だが、オーディションによって深作監督の映画『いつかギラギラする日』において重要な役に選ばれた。 
 その撮影中に、深作監督にレイプされて関係を持ってしまった。今度は34歳も上の深作との不倫関係が始まることになる。深作は、映画も面白いけれども、人柄もまた魅力に富んでいたという。 
 当時は公になっていなかったが、深作はがんに冒されていた。「命より性」を選んだ彼は、抗がん剤を投与されながら、仕事と恋に生きたのだった。

 『女優の夜』刊行から数か月後に、深作は帰らぬ人となった(深作は妻の女優・中原早苗に看取られ、荻野目は会わせてもらえなかったらしい。結局、愛人という立場は弱い)。

いつかギラギラする日 [DVD]

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 この『女優の夜』は、修羅に満ちた人生を振り返った、優れた私小説である。だが脚本家・映画監督の新藤兼人は、『女優の夜』を「今一歩を感じる。厳しさに欠けている」と辛口に評した(『ふくろう 90歳の挑戦』〈岩波アクティブ新書〉)。やはり死んだふたりに対する見方が甘いのでは、という釈然としない思いが残るからだろうか。生活能力がまるでなくヒモ同然のKに加えて、深作も経済面では果たして…。 

 読後に浮かび上がるのは、深刻な打撃を受けつつ奔放に生きる荻野目慶子の“魔性”と、彼女にまとわりついて甘える男たちの狡猾さ・醜さなのである。

 

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ふくろう 90歳の挑戦 (岩波アクティブ新書)

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