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監視カメラと織田裕二・『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2)

 『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003)での監視システムのシーンが物議を醸したせいか、公開後の本広克行監督のコメントはニュアンスがやや変わっている。

 

織田くんは監視カメラを青島が肯定していることに、ものすごく拒否感を示してましたね。僕は、監視カメラが良いか悪いかはお客さんが考えればいいと思っている。ただ、青島の精神としてはこういうものを完全否定してはいけないと、僕は思います。必要であればハッキングもしちゃう男ですから(笑)。織田くんは完全否定してましたが」(『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 シナリオ・ガイドブック』〈キネマ旬報社〉)

 当初のインタビューでの本広は監視カメラの肯定側で「良いか悪いかはお客さんが考えればいいと思っている」という姿勢だとはとても思えないけれども、それでは「完全否定」だったという織田裕二はどう捉えていたのか。

 

なんで監視なんかするんだ! ふざけんな! 青島は、監視カメラに対して否定派だと、僕は思った。監督と、唯一ここだけ食い違ったんだ。監督は青島は肯定派だっていうんだよね。確かに、監督が言う通り、現実はそう(監視システムが社会に入り込んでいる)かもしれない。(犯罪を阻止するためには)新しいハードは取り入れなくちゃ、いけないかもしれない。でも、現実はそうでも、ハートは違うんじゃないか。デジタルは使いこなすけど、ハートはアナログの人だから、青島は」(『青島刑事 コンプリートブック』〈ぴあ〉)

 

 織田は人物造型上の問題として、青島刑事は監視カメラを否定するのではないか、と主張する。しかし「ハートはアナログ」という理由は感覚的で、それだけではどうも納得しがたい。筆者の想像になってしまうのだが、織田は当時の社会の趨勢を鑑みて、もし主人公が監視カメラのシステムを肯定するような言動をとれば観客は自分に対して反感を持つ…と危ぶんだのではなかろうか。「警察が市民を包囲したも同然」だという情況を容認することは些細なハッキングとは桁が違う。ヒーローである自身に観客が感情移入できない、という事態は何としても避けたい。そこで「ハートはアナログ」だからという奥歯に物が挟まったような言い方しかできなかったと推測される。あるいは単に文脈上、敵役的な上層部の推進するシステムに主人公が加担するわけにはいかないということかもしれない。いかなる理由であれ織田の危惧は正しく、監視カメラのシーンはマイナスの意味で話題を呼んだわけで、世間知らずどころか織田の同時代を読む力には感嘆するほかない。

 ちなみに脚本の君塚良一のインタビューをいくつか読んでみても、監視カメラについての発言は目につかなかった。結局のところ、本作において誰が監視カメラの設定を発案したのかは不明である。

 2020年代に至って日本でも防犯カメラは普及し、筆者の自宅近辺の寂れた商店街でも複数のカメラが設置されている。そしてスマートフォンのカメラも高性能化し、誰でも証拠映像を撮ることができる。プライバシー権と矛盾するかのような監視カメラが20年の間に都市部で普及するとは『踊る2』の公開時にあまり想像できなかった。織田裕二の監視カメラに対する懸念はいまとなっては前時代的に映り、愚昧に思えた本広克行の「それで犯罪が減るなら、しょうがないことだ」という認識のほうに先見性と現実味が感じられてしまう。そしてただの俗流娯楽映画だと認識された『踊る2』がいまとなっては映画側から監視カメラの出現にいち早くリアクションして、普及する過渡期のせめぎ合いを描き出した貴重な記録だと言えなくもない。個々人の聡明さも愚かしさもすべてを飲み込むかのような歳月の流れに、筆者はおののいてしまうのだった。