私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

監視カメラと織田裕二・『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(1)

 テレビ『踊る大捜査線』(1997)の映画版『踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003)が大ヒットしたとき、かまびすしい議論を呼んだのが劇中に登場する監視カメラであった。

 謎めいた殺人事件が描かれる映画の前半で主人公の青島刑事(織田裕二)らが案内されて警察署の地下に赴くと、秘密裏のモニター室が。警察庁は街の至るところに監視カメラを張り巡らせていたのだった。エリート警視正・新城(筧利夫)は「夜でもよく見えるのがお判りでしょう。この監視システムを運用すれば、警察が市民を包囲したも同然です」と得意げに宣言。青島と信頼関係にある室井管理官(柳葉敏郎)も黙認するそぶりを見せ、青島やすみれ(深津絵里)は反撥する。君塚良一の脚本では以下のように描かれている。

 

新城「本日より、これを使用して、新しい捜査方法のテストをします。つまり、監視と盗聴による捜査です」

すみれ「待ってください。いいんですか、警察だからってこんなことして」

新城「まだ公にはしていない」

すみれ「当たり前じゃない。知られたら、プライバシーの問題で、大騒ぎになるわよ」

新城「(無視し)小池くん」

小池「システムの詳しい説明をします」

 小池がマニュアルを手に立ち、新城、榊原たちが出ていく。

青島「…幹部がいっぱい来たの、これのためだったんですね」

室井「不審者を見つけたら、通報してくれ」

すみれ「悪いけど、覗き趣味はありません」

室井「事件の早期解決のためだ。判ってくれ」

 出ていく室井。

すみれ「ちょっと室井さん!」

青島「(室井の背を)……」

 

 筆者も含めた大多数の観客は市民側である。プライバシーが叫ばれるようになってきた時世に、フィクションの中とはいえ警察権力が大規模な装備で「市民を包囲したも同然です」などと唐突に宣告すれば、一般市民は動揺するのが自然であろう(映画の後半では、最新システムに驕る警察側が犯人グループに足をすくわれるという因果応報的な展開が用意されてはいる)。

 脚本では室井に抗弁するのはすみれのみだが、映画では青島も抗議して室井の肩をつかんでいる。この動作は、演じる織田裕二のアイディアで追加されたものらしい。監督の本広克行は、監視システムをめぐって織田とは対立したと公開前のインタビューで述べる。

 

監視室に関しては、今はもはや監視されてるわけじゃないですか。実際新宿署なんて、歌舞伎町全部監視してるわけだし。それを否定するのは、青島くんではない、と思ったんですよ。そこだけなんですよね、ぶつかったのは。自分の近所のコンビニだって、24時間ずっとハードディスクレコーダーが回っていて全部見られてる、そんな話をして。織田くんがコンビニ行くはずはないし(笑)、そういうところの差が出ちゃったのかな。ま、今までの青島はハッキングだってしているわけだから(TVシリーズ第5話)。織田くんと僕が、普段どんな生活をしているか。その違いだったと思います。僕は監視されてる現実に関しては、しょうがないなあと思ってる。それで犯罪が減るなら、しょうがないことだと思ってるクチなんですよ」(『青島刑事 コンプリートブック』〈ぴあ〉)

 

 『踊る』テレビ版での青島刑事は「ハッキングだってして」いたのだからモラルがやや低かったとしても整合性があるとの主張は判らなくもないけれども、監視カメラについて有名人の織田は世間知らずだから…と慨嘆するかのような口ぶりである。本広はメジャーな娯楽映画の作家でありながら「市民を包囲したも同然です」と宣告された当時の観客が驚きと困惑を覚えるとは、まるで想定していなかったとおぼしい。『踊る2』の公開は個人情報保護法が公布された年なのだが、その是非など彼は全く考えていなかったように見受けられる。専門学校時代に映画とアニメに耽溺したという本広は、作品を「ただテクニックで武装」しているなどと批判されていたが(「キネマ旬報」1999年7月下旬号)やはり技術面にしか関心がないのか、数多の映画やアニメを見ても技法しか注視していなかったのかと筆者は失望した。(つづく