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杉井ギサブロー × 古川雅士 × 丸山正雄 トークショー レポート・『哀しみのベラドンナ』(2)

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【『ベラドンナ』と虫プロの時代 (2)】

丸山「『ベラドンナ』(『哀しみのベラドンナ』〈1973〉)というのは奇跡的な作品だとぼくは思います。虫プロもこういう作品がつくれるという奇跡的な会社で。ゴーしたのは手塚(手塚治虫)さんですが、企画か編集まで山本(山本暎一)さん」

杉井「『千夜一夜物語』(1969)でも何か月も編集室に入り浸っていて、まだ帰らないんですかみたいな。山本さんは編集の人という印象があります」

 

 イラストレーターの深井国が大量の絵を提供した。

 

杉井「深井さんは当時もう既にイラストレーターとしてトップクラスの人で、結構忙しくいろんなイラストやってたんですけど、ぼくに深井さんのことを教えてくれたのは、丸山さんとずっとコンビを組んでるりんたろうさんなんですね。りんたろうさんの家でトルンカ人形アニメーションの本を見たりしてて「ギサブロー、りんたろうってイラストレーターはなかなかいいんだよね」って見せてもらった。その後でミシュレでっていう企画を山本さんに聞いたときに、深井さんはヨーロッパの女の人を描くのにぴったりだと思って薦めたんですね。

 忙しい深井さんが、石神井のスタジオに毎日のように来てましたね。緻密に見事な線で、スタジオに入ったらずっと描きっぱなし。絵を描くのが好きなんですね」

 

 『ベラドンナ』は統一感のないのに驚かされる。

 

杉井山本暎一の不思議な能力というか、『ベラドンナ』の後半でもコラージュ的にいろんなスタイルの絵をかまわず1本の映画の中に入れ込んで成立させてしまう。一般的に宮崎駿さんでもひとつの世界観の中でドラマを描いてくものでしょうけど、山本さんの映画言語とうのは普通じゃなくて、いろんなポップな絵も入れて1本に仕上げてしまう。こんなつくり方があるのかっていうのが山本さんと、丸山さんといっしょにやってた今敏さんで、演出技法の常識を破っていくというか。映画論の考え方として好きな監督ですね。

 (1本の中で)ジャンヌの顔もいろいろありますね。山本さんは平気で描かせてしまう。キャラクターが同じ顔をしてなきゃいけないという常識を山本さんは壊した人で、深井さんは受けて立った。深井さんもその考えを引き受けて、好きなように描いてますね」

 『千夜一夜物語』の地獄のような制作現場は山本監督も証言しているが、編集の古川氏も例外ではなかった。

 

古川「『千夜一夜』はダビングで音を入れているときに映像が上がってくるんですね。ある程度まとまらないとダビングはできないんですが、もう5分くらいできたらダビングをやっちゃう。そうしないと間に合わない。夜中でも上がってくる。普通は撮影して現像して編集して出来上がったものをダビングするんですが、公開日が決まってましたから時間がなくて。何日もつづきました。10日以上うちに帰ってなくて、久しぶりにうちで風呂入ってたら、なかなかぼくが出てこないからかみさんが見に行ったら、ぼくが風呂の中で溺れかかってぶくぶくと(笑)。そのぐらいひどい情況でした。試写会の日の朝、まだネガをつないでました。渋谷公会堂でやったんですけど、2巻目の上映が終ったときにお客さんにアナウンスで「3巻目がまだ上がってきませんので、少々お待ちください」って言って1時間くらい待たせたと(一同笑)。ぼくはまだ一生懸命つないでた。何度もリテイクしてたんで1カットだけ見つからないのがあって、それで待たせちゃったんですね」

古川「『千夜一夜』、『クレオパトラ』(1970)、『ベラドンナ』を3本やらせてもらって、『千夜一夜』などは(演出が)大胆だったんですが『ベラドンナ』はカット数もアクションも少なくて口パクもない。編集としてはらくだったんですけど。演出も計算されてて、編集が大変ということはなかったです。

 『ベラドンナ』は3本目で、ある程度覚悟してましたが、はちゃめちゃではなかったです。ちょっと困ったのは実写が入ってて、いまあは大変なカメラマンの森山大道さんに新宿御苑で隠し撮りを頼んだそうです。夜、16ミリで盗撮させたんですね(一同笑)。3時間分くらい撮ってきて、5分にしてくれと。でも本番で見たら実写がないんですよ。35ミリにブローアップすると聞いてたんですが残念でした(笑)」

杉井「暎一さんは『千夜一夜』のころからミニチュア使ってみたり、いろいろするのが好きでしたね。実写は、ぼくは石神井のスタジオでラッシュを見たかもしれない。生々しいからカットになったのかな」

古川「赤外線で撮ったんですね」

杉井「恋人同士でデートしてるを隠し撮りして、犯罪ですよ(一同笑)。さすがに映倫も通らないだろうし」

 

 丸山氏は虫プロに在籍したが『ベラドンナ』には直接参加はいないという。

 

丸山「『ベラドンナ』にはぶったまげましたね。こんなことやっていいのって、ぼくは虫プロにいながらも思いました。好きなことやってるな、あいつら(笑)。怖くてそのスタジオには近づけなかったんですが、ぼくの仲間の出崎統は参加してました。紙のトレスを入れて色を何枚もつけていくという。麻雀仲間なんで毎晩呼びに行きましたけど、われわれには敷居が高い、優れた人が集まってるところ。出来たものはラッシュ見て寝ました(一同笑)。いま思うとよくやったなと。10年か20年早かった。人の言うこと聞かないからできるんですね。公開のときに行ったら、ふたりくらいしかいなかった」(つづく