私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

大森一樹監督 インタビュー “映画と復興”(2011)(2)

井上「次の日、大震災当日には東京へ?」

大森「八戸に泊まって、次の日、大阪へ飛行機で帰ろうかと思うてたんやけど、他の人たちがみんな東京へ帰ると言うから東京へ行って、次の日、東京から大阪へ帰ろうとしていた頃に揺れて…。下北沢に、一部屋を事務所兼で借りてるんやけど、3階なんやけど、これも堪らんほど揺れてやな。神戸でも遭ってるんやけど、神戸の時は夜寝てて、あれは夜明け前やったから布団の中に入っていたから、布団被っていたけど、今回、真昼間やったから、周りが全部見えて、窓越しに隣のビルが揺れるから、明るい時って恐いなと思うた」

井上「私はあの日がクランクイン初日で早くに眼が覚めた直後でしたから、揺れた時のことはよく覚えていますよ」

大森「恐くてこんなとこにもう居られんと思うたから、3階から降りてきたら、駅前からワーッと人が出てくる。近くのパチンコ屋が液晶テレビを外に向けて映していたから、それでニュースを見ていたら、エライ悲惨なことになっているんで…。こんなことが起こってるんやと…いう感じだったね」

井上「京都でも少し揺れは感じたんですが、その後のニュースを見て、津波に家が流されていく光景には驚いたものの、すでに避難しているものと思って見ていたんですが…」

大森「阪神大震災以後も国内で地震があったけど、今回はあまりの凄さに、コメントお願いしますと言われても、頑張ってくださいと言うしかなかったよね。

阪神は6千人以上亡くなっていたから、これまではまだ自分たちの方が、という変な…気があったんだよね。しかし、今回はもう言う言葉がないよね」

井上「私も同じです。事あるごとに東京の友人たちにも阪神の教訓から家具は固定しとかなくちゃいけないと言ったりしていましたけど…」

 

中被災者階級――

井上「以前、大森さんの本を読ませてもらったんですが、震災のそれほど大きな被災者ではない。かといって確実に被害は受けていると」

大森「そうそう。中被災者階級」

井上「そうそう。あんな言葉があるのかと思ったんですが(笑)。その中で、震災について自分の整理をしておきたいと書かれていましたね」

大森「身内に死者が出たり、住むところもなくなったりというほどではない。中程度の被災者が数としては一番多い訳やから、その中での発言というのはあってもいいんじゃないかと」

井上「震災の被害を受けてない訳じゃない」

大森「ない、ない、ない。相当受けてるし」

井上「大きな被害を受けている方がいるから、自分たちは発言は差し控えるみたいな…」

大森「身内が死んでいる人がいると、なかなか言えないよね。家族が死んで…という人と、大丈夫だったというのでは全然違うよね。それが、その日が命日になるって人がいっぱいいる訳でしょ…」

井上「そうですね…そして、多くの財産も失ってる訳ですね」

大森「そう言えばね、阪神の時ね、あっちの家は潰れて、何でこっちの家はちゃんと建ってんのかなと、道一つ隔てて、極端に言うと隣同士でこっちは潰れて…。うちの実家は誰も住んでなくて売り家になってたんやけど、それが、見に行ったらバッサリ潰れてるの。周り見たら、潰れてんのうちだけなんや。カッコ悪いと言うか…(笑)。おまけに邪魔してるんやな。道塞いでしもうて。しかし、今度のはじゅうたん爆撃にでも遭ったような、真っ更になってるやんか。隣とこっちがどうのこうのとか、そういうもんじゃないものね」

井上「それに、阪神の時は兵庫が酷い被害に遭ったけど、大阪や京都からボランティアに行こうとする程度の被害と言うか、余力が残っていましたからね」

大森「家族で尼崎まで車で、銭湯に行ったのを覚えているわ。まだどうにかなったんやね…」

 

映画人として――

大森「映画人として思うのは、やっぱり…監督協会で炊き出しに行っても仕様がない訳でね。政治というと大袈裟になるけど、映画人というのはそこらへんにもうちょっと言っていってもいいんじゃないかと。主張してもいいんじゃないかと。そこに何かないかなという…気がするんだけど」

井上「なるほど、そうですね」

大森「偉そうに言う訳やないけれど、一応、文化人の端くれなんやから。阪神の時は40代で僕らが一番中心になってやる年代やったから、そういう仕切りもやったけど、今、60前になると、同じこと出来たかなと思う。あんなに出来るかなという感じはあるよね。同じマンションの中に市民政党の人がいて、機関紙を勧誘してうっとうしいところもあったんやけど、そこがね、大活躍なんやね。ゴミが溜まってどうしようもなかった時、党の方に言いますって言って、直ぐにゴミ収集車が来たりして、そういうレベルでの対応の仕方もあるし。歌手や俳優なんかは本人が被災地に行けば、それだけで役に立ってる。映画監督が行っても、あんた誰ですかと言われるだけやし、こんな映画を撮ってると言っても、それがどうしたんやということやし。もうちょっと別のレベル、自治体とか国に意見したり、映画を通してやれることっていうのは、そういうことじゃないかとも思うんだけど」

井上「そういうことでしょうね」つづく

 

 以上、日本映画監督教会のサイトより引用。