私の中の見えない炎

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佐藤優 × パスカル・ペリノー × ヤン=ヴェルナー・ミュラー × コリン・ウッダード トークショー “台頭するポピュリズム、危機に瀕する民主主義” レポート (5)

【パネルトーク (2)】

ミュラー「ここ数年、新しい政権が誕生しています。ハンガリーポーランドベネズエラ、トルコしかり。どのような名称で新しい政権を呼ぶか。独裁、専制ではぴたっとこないという感じがあるんじゃないでしょうか。ただ重要なのは用語ではなく、民主主義が機能不全に陥っているというところがあるのではないでしょうか」

ペリノーポピュリズムが1980年代にヨーロッパに出現したとき、通常の代表制民主主義が難しくなってきたのを表しています。既に述べたように中間団体が弱体化した、市民が選挙から遠ざかったということです。棄権した人は庶民階級に多いです。ポピュリズムは、庶民を選挙に引き戻したいと主張しています。その意味ではポピュリズムがよい問いかけをしたと言う人もいますが、ポピュリズムがよい問題提起をしたとしても、その解答はよくない。庶民が選挙に戻っても、結局は権威主義や独裁が目指されている。

 50〜60年代のリベラル民主主義の複数政党は、共産主義の挑戦を受けていました。共産主義国家は人民民主主義という語を使っていましたが、結局は独裁でした」

佐藤「イリベラルなデモクラシーというのは、ロシアがまさにそうですね。今年日本でも翻訳が出た『オリバー・ストーン オン プーチン』(文藝春秋)では、プーチンは繰りかえし言っています。民主主義はいいことなんだけども、押しつけられたものではうまくいかない、内発的でなければいけないと。ロシア語の単語“ミール”は、農村共同体と世界、平和という意味があります。その3つがロシア人の中では区別されない。自分の村が平和であれば世界なんだという感覚。ソボールノスチっていう言葉もあります。共同性って意味でスラヴ派のキーワードなんですが。オーケストラではシンバルやコントラバスの人の役割は、交響楽では限定されていて、指揮者に従わなければいけない。その結果、素晴らしいハーモニーができるという考えが、ロシア人に受け入れられている。ロシアのインターネット空間では、政権批判をしても大丈夫。新聞も何でも書けますよ。しかし書いた後でどういう目に遭うかっていう基準が、欧米や日本とは若干異なっている(一同笑)」  

佐藤「選挙に対する感覚も違う。複数候補者で、われわれの代表を選ぶって感覚が希薄ですね。政治をやる人は生まれる前から政治をやると決まってるって感覚がある。天から悪い候補者とうんと悪い候補者ととんでもない候補者が降ってくる。そのうち悪い候補者を選択するのが選挙。プーチンは悪い大統領だけど、それ以外はうんと悪いかとんでもない。私が大宅賞をいただいた『自壊する帝国』(新潮文庫)に出てくるアレクサンドル・カサゴフって政治学者が、“マサル、民主主義をもっと勉強しろ。選挙の起源は古代ギリシャ陶片追放。危険な人物を排除するのが選挙だろ。正しい選挙がロシアでは行われてる”と真面目に言っていました。

 われわれの隣国に朝鮮民主主義人民共和国があります。民主主義を謳ってますが、世界ではコンゴ民主主義共和国もあります。国に民主と入っていれば民主主義かと言うと、だいぶ違う」 

自壊する帝国(新潮文庫)

自壊する帝国(新潮文庫)

 

西村「かつて自由主義、資本主義の対局としての共産主義社会主義という時代が昔ありました。冷戦崩壊によって、リベラル・デモクラシーによって世界が一本化されるという議論がありました。今日、私たちの目の前に広がっている光景は違います。リベラル・デモクラシーの危機が、このシンポジウムでも指摘されました。世界はまた分極化の道を歩むのでしょうか」

ウッダードアメリカ国内の分断に世界が追随するのか。ないということを望みたい。アメリカそのものが危機にさらされています。冷戦後のアメリカは、リベラル・デモクラシーの主唱者とみなされてきました。だからこそ、アメリカがグローバリズムポピュリズムの台頭によってどういった影響を与えるかが問われます。アメリカの大統領もある意味で独裁者ですが、ポピュリズムを抑圧するという意味では、大きな働きになっていない」

ペリノーグローバル化という現象は、現在のところ、国民に強いアイデンティティを与えてはくれません。60年代から欧州連合がつくられていますが、欧州人という感情はまだまだ極めて低い。ヨーロッパのアイデンティティは弱い。ガバナンスのツールであるWTOIMFG20がありますが、グローバルなアイデンティティはなかなかない。すべての市民にアイデンティティ、ルーツが必要です。超国家的アイデンティティが生まれない情況で、ナショナリズムが生まれる。ただローカルなアイデンティティもあります。フランスでも地域的なアイデンティティが発展しつつあり、政治的な表現を求めている。世界において、アイデンティティを要求するものとしてポピュリストがある」

ミュラー「開放性対閉鎖性、という大きな対立があります。ただ貿易とか移民とかさまざまな問題・意見があって、民主的な方法で対応できるはずです。

 ポピュリストを助長してしまうのは、テクノクラート的な形でグローバル化を語ることです。トニー・ブレア(イギリス)元首相は、グローバル化はあたかも秋が夏につづくようなもので選択の余地はない、われわれは適応するのみだと言いました。ただ私は間違いだと思います。政治的な選択肢はたくさんあるはずです。いろいろな文脈で、こういう運命論は悪循環を起こします。

 ポピュリストやテクノクラートには、反多元主義という共通項がある。テクノクラートには、ひとつの解決策しかない。ポピュリストは、国民の意思はひとつでわれわれしか知らないと言う。極端になると民主主義が失われる。テクノクラート的な見方の誤りは、人びとには経済以外にも大事なものがあるというのを見失っていることです。アイデンティティや部族、家族、伝統、歴史なども重要です。それらを無視してしまう。かつてバルカン半島では、ハンガリー人とかセルビア人とかといったアイデンティティはやがて重要性を失うだろうと思われていました。すると野党が危険な考えを持ってしまう。グローバル化から学んだのは、経済以外の要素も大事だということ」(つづく