宗雪 本当の意味での国際化ですね。
山田 つまり日本人は戦後、個の発展というか、個というものを非常に大事にしてきた。しかし実際問題としては、個と言っても自分と家族の利益を維持するというか、その程度のことであって、いわゆる個人主義のいい部分というのは、そんなに育んでいないと思うんです。育んでいれば、そういう外国の異質な人が来たときに、その個も認める成熟を持っていると思うんですが、実際には我が家が何されるか分からないから迷惑だという形の、どっちかと言うとエゴイズムに近い維持しかできていないと思うんです。
そういうふうにして、みんなが自分や自分の家族の利益ばかり考えていると、どうしても自分の周辺だけを維持していればいいというわけではない職業の人たちというのは損をしてしまう。例えば学校の先生というのは、給料以上にどうしても入れ込まなきゃいけないところがありますよね。それから看護婦さん、お医者さんなんかもそうです。そういう人たちが結局、貧乏くじ引いたような形になっちゃうと思うんです。あんな職業に就いちゃったからしょうがなしに人のことまでやって、自分の生活を壊されちゃう。でも、うちはよかった、うちはともあれ人の不幸の中に入り込まなくて済むからと言うように、多少社会的な広がりのある職業の人たちというのは損をしちゃう。わりを食ってるという感じを持つ。そうしたらその人たちはそんなばかばかしいことやりたくないよと降りてくると思うんです。
それではまずいわけでして、私たちは個ではなくて、つまりもう少し他の人と一緒に生きるということを練習しなければいけないんじゃないか。何もそれはいきなり外国人とのことを言わなくても、例えば賃貸のマンションなんかだと、どうせ出ていくんだからというんで、かなり荒っぽく扱う。共有の部分になると汚くても平気な顔をしている。そういうところから、自分たちは一緒に生きているんだ、だから自分は汚したわけじゃないけれども、自分たちのテリトリーだったらちょっと掃除するとか、そういうものを少し意識的に取り戻していかないとやっていけなくなるんじゃないか。どんどん社会が荒廃してきてしまうんじゃないか。それは非常にきれいごとじゃできないことですから、難しいことだとは思いますけれども。
宗雪 日本でも昔は、村意識とか町内がありましたでしょう。何でもかんでも周りの人と一緒に生きなくちゃならないみたいな感じが。それが今度は戦後になって、過度に「個が大事」みたいな感じになってきた…。
山田 いまでも結構、周りと一緒のことをしようと思ってると思うんです。そこでは個人主義じゃないと思うんですね。ただ、金銭面と生活面では非常に個を守る。家族を守るというところで、ラインをしっかり引いているという気がするんです。それは他人事ではなくて、僕もそういうところはとてもありますし。例えばアパートに住んだとしたら、隣りとなんて余り付き合いたくないだろうと思います。思いますけれども、そういう感情に任せていていいんだろうか。もう少し我々は自分に忠実ではなくて、もうちょっと何か理念に合わせるという、無理をするところがなくていいんだろうか、という気がするんです」
マイナス体験の中から本当の自分を知る
宗雪 『獅子の時代』という、幕末の変革期を描いた作品もございましたが、時代の変わり目というのに非常に鋭い目をお持ちになっている山田さんから見て、やはりいまの時期は大きな変革期だとご覧になりますか。
山田 長い目で見ると、やはり大変な時期だろうと思いますけれども、ただ明治維新みたいにエリートは自分のことなんか言ってられないという凄い危機感はいまの日本人にはありませんですね。我々の世代はまだしもですが、もう少し若くなってくると、生まれてこのかた不幸じゃない人が多いんです。例えばアフリカの方が飢えているとか、ユーゴの戦火の中に生きていらっしゃる方とか、ロシアとか、そういう人たちから比べれば、我々が悩んでいることというのは、取るに足りないと言えば取るに足らないことです。もっと大変なことがどこかで行われている。自分たちは周りの現実を現実だと思うしかないけれども、しかし、それは戦争直後みたいに、自分の内部をきちっと指し示してくれる現実ではないわけです。例えば、自分はいい人か悪い人かということは、戦争中だったらすぐ分かりますね。みんな貧しくしているから、その中で少ない芋を分けてやることは大変な行為だから。しかしいま、あり余っているところから古着を難民に送ったって、それはいい人とは言えない。片づけただけじゃないかと。ですから自分が行使しようとしている正義、例えば死刑制度反対とか言ってみても、何となく浅薄なのではないか。本当の厳しい現実と関わっていなくて、言わば表面の現実を現実だと思っている。ですから自分とは何かということを深く問いかけるきっかけが、現実の中からすぐさま見つからない。
以上、「FGひろば」Vol.81より引用。(つづく)