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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

金子修介 × 大森一樹 × 富山省吾 トークショー“怪獣からKAIJUへ” レポート (2)

金子修介 大森一樹 映画

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金子修介監督 (2)

金子「低予算であっても魂を込め、アイドルの美脚を撮るためにも対社会的視点が必要かな(一同笑)。怪獣映画は、怪獣が嘘で他を厳しく選定しないとお客さんは納得しない。そのへんは、大森さんよりぼくのほうが厳しく設定を構築してると(一同笑)。

 自分で言うのも何ですが、いま私は何でも撮れる。ひと皮むけたわけです。この厳しい環境の中でパワーあふれる映像ができると証明している。それを意識して、新しく怪獣映画をつくるには監督選定を考えていただきたい(一同笑)。

 ただこれだけやっても、どうしてミニスカートで戦うのかという理屈が構築できない。年齢の高い評論家には、エロがないと言われる。パンチラは園子温に負けてる、と。パンチラは、それが目的ではない。本質的なエロティックさが、目指しているものではない。そういう技術とセンスを、磨いております(一同笑)」

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大森一樹監督】

大森「ここからはちゃんとした内容に。シンポジウムでパンチラがどうとか(一同笑)。

 金子さんはガメラからゴジラまで撮ったと言うけど、ぼくは村上春樹からゴジラまで。いかに幅広いか(笑)。撮ったときは、そんなに怪獣ファンというわけでもなかったんですが、25年経っていまだにこうなるとは、当時予想だにしなかった。25年後にこういう場に出たり、これからまだゴジラのイベントがあって呼ばれるんです。最初は、2本撮っただけでそんなに言わないでくださいと言ってたけど、ゴジラは世界中に通用する。ベトナムでもインドでもゴジラ撮ったと言うと、感心される。お〜とか言われて(笑)。

 怪獣映画の歴史という長いストロークの中で、怪獣からKAIJUになっていった。『サンダ対ガイラ』(1966)の海外版ではgigantと言ったけど、『パシフィック・リム』(2013)からKAIJUになって。ぼくの中の怪獣というと、アナログでスーツアクターが入って動くのが伝統芸。歌舞伎みたいにすごい衣装をつけてやる、という。アメリカ版ゴジラは全部CGで、怪獣じゃないんじゃないかな。(特技監督の)川北(川北紘一)さんが(現場で)ゴジラに指示している写真があって、ああいう監督が演出しているのが怪獣映画じゃないか」

 

 大森氏とコンビで『ゴジラvsビオランテ』(1989)や『ゴジラvsキングギドラ』(1991)を撮った川北紘一特技監督は2014年12月に逝去した。

大森「いまは大学へ行かなくても映画が撮れる時代になってきて、みんなデジカメで撮ってパソコンで編集。では大阪芸大はどう生き残るかってことになって、“怪獣は?”って言ったら、それいいねって(一同笑)。

 川北さんに来てくださいって言ったらえらく喜んで、大阪の片田舎の広大な土地で撮って。次の年からは客員教授で来ていただくことになったんです。川北さんが編集もしてくれて、ちゃんとしたものになったんですよ。1回目の(作品の)予算は80万くらい。次は予算が5倍くらいになりました(一同笑)。パソコン画面の前であーだこーだじゃなくて、みんなで現場でつくるのが面白い。(爆発シーンの)撮影の前の日は、消防署呼んで説明して、大変なんですよ。川北さんは、これが最後の作品になったんだけど」

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 大阪芸大制作の『装甲巨人ガンボット』(2014)などのさわりを上映。

 

大森「着ぐるみの素材も街で買えるようになって。毎年2本づつできて、その都度造形がすごくなっていく(一同笑)。撮影所がなくなって技術の継承がなくなってきたときに、川北さんが来てくれてつづいてる。こういうミニチュアと怪獣との比率とか。

 特撮映画は撮影所で継承されてきたけど、それがなくなった。東宝の大プールには大きなホリゾントもあって、でもいまはCGやグリーンバックがあるから、でかいプールもいらないし空も描かなくていい。技術の伝承ができなくなってきたときに、大学でささやかにやっている。佛田(佛田洋)さんや三池(三池敏夫)さんとかと交代でやってる。学生は、着ぐるみを置いて卒業していく。怪獣保有率の高い大学です(一同笑)」

 

【富山省吾プロデューサー (1)】

富山「『少女が異世界で戦った』の始まり方は、ぼくが『ゴジラ × メガギラス』(2000)でやったのと同じで、SFはああいうのがいい。

 大森さんのにもミニスカートは出てきましたね(笑)。(大森監督の)『ベトナムの風に吹かれて』(2015)は、大変感動的でした」

 富山プロデューサーは、怪獣についての考察を展開。

 

富山日本と日本人の特殊性が怪獣を生み出した。これはナショナリズムを高揚させる意図はないです。

 ひとつはゴジラのスタイル、キャラクターの魅力。1954年版のスタッフは、大変な苦労を重ねた。そしてそれ以後、スター怪獣が生まれていった。アメリカ映画は、モンスターは人間が倒すものという枠を越えない。『ジュラシック・ワールド』(2015)もそうですね。いろいろな作品に出てくるドラゴンも竜そのものに魅力があるものではない。ハリウッド映画にはこういうキャラクターが出てこない。『ゴジラ GODZILLA』(2014)のムートーもパッとしなかった。世界は怪獣キャラクターを生み出せない。怪獣そのものがメイドインジャパン。デザインもあるけど、各怪獣のストーリーが優秀なのだと思います。ゴジラは安住の地を追われた生き残り。そこに陰影と悲劇性がある。ゴジラが海に帰っていくのもシンパシーを感じさせる。

 台風など自然の猛威も、日本独特の感性に影響していると思うんですね。ゴジラのストーリーは貴種流離譚的。滅びゆく高貴な存在の悲劇、人知を超えた存在へのシンパシー、それこそが怪獣へのルーツです」(つづく)

 

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