私の中の見えない炎

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山田太一脚本(木下惠介原作)『破れ太鼓』(1965)のシナリオを読む

 津田家の軍平は家庭で傲慢に振る舞って、妻の邦子や6人の子どもたちは服従してきた。あるとき、遂に子どもたちは軍平への怒りを爆発させ家を出ていく。軍平に従ってきた妻の邦子も夫に見切りをつける。

 木下惠介監督『破れ太鼓』(1949)は頑固親父と家族の対立・和解を描いたホームドラマ。巨匠・木下の入門編に適しており、特に木下作品を見慣れていない初心者にお薦めしたい傑作である。

 同作はテレビドラマとして幾度となくリメイクされ、そのうち1965年にNHKで制作されたバージョンは巨匠・山田太一が脚色した。この時点で既に4度目のリメイクで、オリジナル版で主演した阪東妻三郎の息子4人(田村高廣、田村登司麿、田村正和、田村亮)が子どもたちに配されている。

 当時の山田は松竹の社員であったが、『まごころ』(1963)や『まだ寒い春』(1965)といったテレビドラマの脚本を手がけていた。『破れ太鼓』の木下監督は山田の師匠的な存在で、木下が松竹を離れるのに同調して1965年に山田も松竹を退社する。

 『破れ太鼓』の山田版は当然、師のオリジナル(脚本は木下と小林正樹の共作)をほぼ忠実にトレースしているけれども、短縮されている他に、映画にはない設定や台詞もいくつかある。現存しているのはシナリオと画像のみで映像はない。

破れ太鼓

破れ太鼓

  • 阪東妻三郎
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 まず冒頭で女中の梅(川代美智)が出ていく際に、女中のつゆ(近松良枝)と話すシーンの台詞が違っている。

 

つゆ「でも、奥様やお嬢様はよい人じゃないの。」

梅「そんなの、頑固親父の酷使に比べれば20パーセントのサービスよ。後の80パーセントを怒なられて(原文ママ)、あんたよく十年もいたもんねえ、出ちゃいなさいよ、こんな所。」

つゆ「みんなにそういわれるけど、旦那様の他はみなさんいい方ばかりだから。」

梅「人はいいけど、根性がないわよ。抵抗の精神がないわよ。」

 

 長男・太郎(田村高廣)の興す会社は、映画ではオルゴールだが山田版では「こわせるオモチャ」の会社に変更されている。太郎は母・邦子(木暮実千代)と次男・平二(田村登志麿)に「こわせるオモチャ」に関して語る。

 

太郎「素子叔母さんの会社を共同でやるんです。お母さん、この間話したオモチャ会社ですよ。」

平二「ああ、こわすオモチャのことか。」

邦子「お母さん、知りませんよ。」

太郎「こわせるオモチャを作ろうって言うんですよ。

 子供はオモチャを貰うと、すぐこわそうとするでしょう。その破壊本能を満足させる、ジャンジャンこわせるオモチャを作ろうって言うんです。」

邦子「わざわざあんたがつくらなくたって、日本のオモチャなんてなんだってすぐこわれちゃいますよ」

太郎「僕のは、違うんですよ。

 叩きつけると、すぐめちゃめちゃになるけど、磁石の応用ですぐ元通りになるんです。」

邦子「へえ、あんたが考えたの?」

太郎「勿論、僕のアイデアです。

 大体僕は土建屋向きじゃないんです。」

邦子「叩きつけると、めちゃめちゃになるオモチャだなんて、お父さんに怒鳴られ通しのあんたが考えつきそうな事ね。」

 

 「こわせるオモチャ」は「お父さんに怒鳴られ通しのあんたが考えつきそうな事」というのが、さりげなく山田の卓抜さを示している。

 映画では父・軍平が太郎に「器量が悪くても早く嫁を貰え」と言うけれども、山田版では軍平(尾上松禄)は独身でいることを勧める。

 

軍平「太郎。お前は一人前の仕事が出来るまでは独りがいいんだ。嫁を貰って、カバン持ちじゃあ嫁め(原文ママ)にもなめられる。頑張るんだ。」

太郎「はあ。(思わずビールを父に注ぐ)」 

 

 本作が放送された1965年、先述の通り山田は松竹を退社するが、当時の自分は木下恵介の「カバン持ち」をしていたと後年に講演や対談などで述懐していた。筆者はそのワードは単なる謙遜だと思っていたのだけれども、山田は木下の「カバン持ち」ではいけない、いずれ作家として自立しなければいけないと切実に感じていたのではなかろうか。

 最も大きな変更は長女・秋子(十朱幸代)が交際する野中茂樹(井上孝雄)と語り合う台詞で、映画と全く違っている。茂樹は、映画では画家だが山田版では写真家である。

 

坂道

 月夜。

 秋子と茂樹が下りて来る。

秋子「私の家の幸せは、すぐこわれてしまいます。野中さんのお家の幸せは、いつまでも続くみたい……。」

茂樹「いつまでも続く幸せなんてありゃしませんよ。続くに決まってる幸せなんて、そんなの幸せじゃありませんよ。家の母だって父だって、あんなちっぽけな幸せを守るのに、やっぱり一生懸命なんです。あなただって強くならなきゃ。」

秋子「――――――」

茂樹「(立上って)あれ、こんな所に公園があるんですね。夜の公園なんて物騒かな。」

秋子「平気です……野中さんと一緒なら。」

茂樹「――――――このまま駅でお別れするんじゃ、なんだか淋しいですからね。」

 

夜の公園

茂樹「(歩きながら空を見上げ)綺麗だなあ。」

秋子「(も見上げ)ええ。」

茂樹「秋になって、田舎へ渡り鳥を撮しに行くと、こんな風に月のいい晩、とっても美しい雁の列を見るんです。でも、撮せない。」

秋子「惜しいわね。」

茂樹「撮せないから余計心に残るんでしょうか。こうやって月を見てると、去年見た雁が、なんだか見えて来るような気がします。」

 秋子、ブランコに腰下し

秋子「雁々鍵になれ、竿になれ。」(引用者註:北原白秋「里ごころ」の歌詞に酷似しているが、ミスプリントなのか意図的な替え歌なのか不明)

茂樹「(ブランコに腰下し)いい晩だなあ」

秋子「――――――(ブランコを揺する)」

茂樹「鳥って、とにかく素晴らしく綺麗だから、まいっちゃうんです。一羽撮しても、千羽も二千羽も群れになって飛んでいても、どっちも呆れるほど綺麗ですからね。お金には余りならないけど、僕は一生、鳥ばかり撮りまくる積りです。日本だけじゃなく、世界中の鳥を……。」

秋子「(ブランコを止めて)野中さん。」

茂樹「なんですか。」

秋子「私、強くなりたいんです。うんと強く。手伝って下さいますか。」

茂樹「……(秋子を見つめる。)」

秋子「力になって下さいますか。」

茂樹「秋子さん。」

 茂樹のさし出す手を、秋子の手がしっかりと握る。

 

 男性が写真家で、登場人物が自足しないで「私、強くなりたいんです」と言うところは山田の代表作『早春スケッチブック』(1983)を連想させる。