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庵野秀明 × 樋口真嗣 × 樋口尚文 トークショー “十三回忌追善 実相寺昭雄 特撮ナイト” レポート(3)

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樋口真嗣監督の回想 (2)】

真嗣「(『帝都物語』〈1988〉)マットペインターがいないってことで、きみアニメやってたんだろうみたいな感じで『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(1987)の小倉宏昌さんを紹介しろと。フォトリアルな絵と違うじゃないですか。小林七郎さんの印象派みたいなタッチなんで、細かくリアルに描くマットペイントとは違うかなと思いながら紹介して、やっぱりうまくいかなかった。(劇場公開バージョンにはなくて)レーザーディスクにならないと東京の全景は間に合わなかった。デン・フィルムエフェクトの総力を結集して、大胆なマット画になってます。ほとんどアニメーションで市電がすれ違ったりする」

庵野「あったね、大胆なやつ。まあ実相寺さんだからありかな(一同笑)」

尚文レーザーディスクに、そのシーンが忽然と」

真嗣「間に合わなかった。入ってないバージョンは撮りきりで、銀座なのに奥が吉津で工事中みたいになってる」  

庵野「何本もやってたよね?」

樋口「鼻にもかけてもらってないのかと思ってたら、その後もしばらくコダイに丁稚みたいに絵描きとして出入り。しばらくいっしょにやらしていただいて、『ウルトラマンができるまで』(筑摩書房)の挿絵とか。「コダイ報」の挿絵とか、富士見書房の実相寺さんの連載の絵とか。円谷に無断でウルトラマンがラーメン食べてる写真コラージュやったりしたら、当然怒られて。

 ファン視点の質問は無視でした。あのときはどうやって撮ったとかどういう着想だったかとかは聞けずじまい。お正月に聞こうとしてもちな坊にお年玉をかつあげされたり(笑)。ちな坊はぬいぐるみの息子です。年賀状用にもちな坊の絵を描かされました。正月に寄ったついでに昔の話を聞けるかと思ったら。

 ひとつだけ聞いたのは、監督になったときに「戦ってるか」と言い出して。『ウルトラマン』(1966)ではオンエアで明るくされてたらしくて、テレスドンの回とか「もっと暗くしたかったんだけど、明るくしやがってさ。立ち会わなきゃダメだよ。あいつらろくでもないから、送り出しの奴ら」って」

尚文「『シルバー仮面』(1971)の第1話(「ふるさとは地球」)では、送り出しのときに明るくするのを阻止したらしいです」  

真嗣「ああ、特撮のカメラマンだった佐川和夫さんに「お前空いてるなら来い」って言って。あのころは16ミリのプリントをかけて、いまで言うテレシネで生で流す。そこで暗い画面(の明度)をきゅっと上げちゃうらしい。佐川さんに担当者を羽交い締めさせて、実相寺さんが阻止。いい話ですね(一同笑)。放送テロ。それは『ウルトラマン』や『ウルトラセブン』(1967)のころでしょうね。『シルバー仮面』のときは佐川さんとごいっしょじゃないはずですから。

 あのころの話で聞いたのはそれだけ。『ウルトラマンができるまで』に書いたから、あれ読めば判ると。「誰よりも先にお前に読ましてやる」と。こっちの質問には答えてくれない。コダイ義塾ってのもありましたね。マニア集めて講演会。こっちは板書の手伝い」

尚文「義塾に呼ばれて3時間くらい喋って、大木(大木淳吉)さんからもらって。え、こんなにくれるんですか!?」

真嗣「おれ、もらってない(一同笑)。赤坂のホテルの喫茶店で、おれは高橋巌監督と椅子並べたり。実相寺さんの下で長いことやってたのは意外と知られてない」

 『ウルトラQ ザ・ムービー』をちょっと手伝って。怪獣とオープニングとエンディング。東宝ビルトでクレーン使って、ロケットが飛んでく」

尚文「ミニチェア壊す現場行きましたけど、お金が足りてない感じがあったのに、立派な映像になってました。本編カメラが中堀(中堀正夫)さんで特撮は大岡(大岡新一)さんでしたね」

真嗣「当時は低めに移動するカットが好きなころで、でもミニチェアセットでやってみるとカメラが行くところは飾れない。だから土の上をガッとカメラが行くだけになりました。ミニチェア壊しながら行けばいいじゃんと思いましたけど。『帝都』のときのミニチェアを、広尾の堤(堤義明)さんのうちから引っぱり出して。離れにぎっしり詰め込んであって、取りに行きました。あの後でミニチェアは原口(原口智生)さんのところへ行って、『デスカッパ』(2010)とかでも使われました。大作をつくると、それを使い回す」

尚文「1回目の実相寺オールナイトのときは『シルバー仮面』の2話が止まったんですよ。堀内正美さんが立ち上がって「実相寺の呪いです」って言って、客席が湧いた」

真嗣「呪いって言って笑ってもらえる人間になりたいなあ」

庵野「ありがとうございました(一同笑)」