私の中の見えない炎

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原恵一監督 トークショー レポート・『エスパー魔美 星空のダンシングドール』(2)

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【テレビ『エスパー魔美』の想い出 (2)】

「(『エスパー魔美』〈1987〉の第54話「たんぽぽのコーヒー」)音楽はマーラー交響曲にしたい。そのシンフォニーが好きで、いつもの音楽でなくそれを使った。なんか合うんじゃないかと思ったんですね。録音監督の人は、何でそんなことするのかと…。いつも使ってる音楽もよかったんですけど、特別に思い入れがあるのでいつもと違うことをしてみたいと思っていろいろしましたね。セル時代だったので、新緑の森を美しく描きたいと思って、葉っぱが光を透かして輝くのをやりたい。絵の具ではなく、色のついたセロハンののりがついたものが売ってて、自分でそれを買って来て、仕上の人にはどうにか合わせて切り貼りしてもらって。透過光っていう下からライト当てる手法をして。いろんなそういう試みをしましたね。

 もう1本(第96話「俺たちTONBI」)は後期になかなか納得するプロットができなくて、ぼくも考えようと思って出したプロットです。若者たちの群像劇で、『魔美』で初めて脚本を書きました。(時間帯変更の)1作目というのは全然覚えてない(一同笑)。今回2本をと言われて、この2本が浮かんだんですね。

 『魔美』はヌードが売りの作品じゃないんですよ。ものすごく純粋無垢な女の子が超能力を得て、世の中の悪・怒り・憎しみに直面して、向かい合う。大した超能力じゃないけど、人を幸せにできるかを描く作品だとぼくは思った。超能力少女物みたいにはしたくなくて、ただプロデューサーはもっと華やかで派手なものにしたい。衝突があって、でもオンエアを見たら少しずつこの方向でいいんじゃないかって。

 佐倉魔美という中学2年生の女の子の日常を描きたくて、そこは最後までぶれずにできたと思います。奇をてらったけれん味のある演出はしないようにと。ただそれは、何人かの演出家が同時進行で作業していて、なかなか伝わりにくかったですね。困ったし、上がってきた絵コンテを地味に直したり。不本意な形でオンエアされたのもありましたよ。アニメーションは日常的な無駄な時間を排除する作品が多くて、そのころからアニメを一生懸命に見てはいなかったんですよ。ぼくは実写映画やドラマを見ていて、プロデューサーから『魔美』の脚本家は誰がいい?って訊かれて、山田太一さん! プロデューサーは“書いてくれると思う?”(一同笑) 山田さんの書くドラマは日常描写が丹念で、何気ない会話から深いものが…。直接的な会話じゃないところに重要なことが入っているというのが、ぼくは好きで。判りやすい構成には興味がなかったんですね」

 

藤子・F・不二雄について】

 原氏は『エスパー魔美』(1987)の他に、大山のぶ代時代の『ドラえもん』(1979〜2005)や『21エモン』(1991)など藤子・F・不二雄原作アニメを多数演出している。

 

「『魔美』があの時期にできたっていうのは特別なことで。原作では中学生の女の子がヌードモデルをする設定で、ヌードが出てくる。オンエアはゴールデンタイムでしたけど、ヌードを出してて。当時としてもファンタジーだったけど、いまではオンエアできない。ヌードについては、藤子先生も書いてますけど挑戦だった、見てる人をドキッとさせるのを目指したと。

 藤子先生もずっと巨匠だったわけではなくて。ぼくは専門学校のころに藤子先生が好きと言うとバカにされたんです。みんなガンダムとか好きで、ぼくは頭にきてこいつらバカじゃないかと(一同笑)。映画のドラえもんも大人が見るものじゃない、大人が見たら笑われる感じで。藤子先生もそれをすごく感じていて。ぼくは藤子先生のは大人が見ても素晴らしい作品だと思っていて、でも忘れられていた時期もあって。先生もこのままフェードアウトしたくない、やってやるぞという気持ちがあって、挑戦したと思うんです。亡くなられたときも壮絶で、新作映画のアイディアを考えてるときに机に倒れて、救急車で運ばれてそのまま亡くなった。全身マンガ家ですね。その後からなんですね、ドラえもん映画を大人が見るようになって。ぼく、それにも頭きて。お前らいままで何やってた? 死んでから騒いでも遅いんだよ!」

 

【映画『星空のダンシングドール』】

 映画『エスパー魔美 星空のダンシングドール』(1988)は『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』(1988)と同時上映された。

 

「併映で映画もつくって、初めての映画でのめり込みすぎて、子どもの観客のことは一切考えなかった(笑)。真面目なドラマとしてつくってしまって、公開時には劇場で子どもが退屈して、ぼくのいる前で“つまんないから外出てる!” 。なるほどと思いましたね。子どもってがまんしないんだな(笑)。

 『ダンシングドール』の中に当時のお台場が出てくるんですが、東京の大都会の近くで、行ったら材木が置いてある荒涼とした場所。その向こうに東京タワーや高層ビルが見える、湾の向こうに。それが好きで、いまは姿が変わってしまったけど、行くと『魔美』のころを思い出します」

 

 最後にメッセージ。

 

「『魔美』は藤子先生の中でも代表作の1本です。諸事情でテレビでオンエアできなかった作品もあるんで、原作(小学館)を読んだことのない方は、いまも本屋さんにあってアニメにならなかった作品も読めますので、どんなに素晴らしいか、挑戦的な作品であるか知っていただきたいと思います」

 

 原・氷川両氏は魔美ポーズで写真に収まり、思わず笑ってしまった。会場には主題歌や挿入歌を歌われた橋本潮氏も来られていて、ちょっと感激。 

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