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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

中島丈博 インタビュー(2002)・『真珠夫人』

中島丈博 テレビ

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 昼ドラ最新作『新・牡丹と薔薇』(2015)も快調な脚本家・中島丈博。映画『祭りの準備』(1975)、テレビ『失楽園』(1997)などで不動の地位を築いた巨匠だが、2002年の昼ドラ『真珠夫人』のヒットによりトンデモ作家としての名声はさらに高まった(?)。

 『真珠夫人』は、主人公の瑠璃子(横山めぐみ)と直也(葛山信吾)の純愛のおかげで周囲の人物(大和田伸也、宮本裕子、森下涼子など)が次々命を落としていくという愛憎劇。怒った登美子(森下)が「お夜食よ」とたわしコロッケを出すシーンは特に爆笑を誘った。

 以下に引用するのは『真珠夫人』の放送後に、中島が語ったインタビューで、当時の熱気がなつかしく思い出される(用字・用語はできる範囲で統一した)。 

真珠夫人 第1部 DVD-BOX

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――瑠璃子と直也、何度もチャンスがあったにも関わらず、純潔を守り通しましたよね。

 

中島「ふたりは恋愛中に抱き合うんじゃなくて、夫婦になってから接触したいっていうモラルがあったんですね。“純潔”って今では雑巾みたいに簡単に捨て去られてしまうようなものなんですけど(笑)、でも、それを大切に考えてた時代があったんだよっていうことを正面に出せば、視聴者をひきつけるんじゃないかっていう計算があったんですよ。今ではアナクロだけど、こういう愛の形もあるんだよって」

 

――なぜ瑠璃子を、原作にはない女郎屋の女将にしたんですか?

 

中島「昭和初期の吉原の女郎屋にあった1階ホールは、サロンとして使えるかな?と。また処女の女将の純潔に対抗する娼婦性を出さないと、モチーフが浮き上がってこない。登美子の、自分を痛めつけてふたりを窮地に追い込んでゆく復讐のし方は、僕はありだと思うんですよね。登美子が娼婦になるあたりはジョゼフ=ケッセルの『昼顔』をモチーフにして作って、一方の瑠璃子はあくまでも純潔を守って、しかも純潔じゃなくなったと嘘までつく。そして嘘を見破られて再び対決になる。あそこは最大の見せ場だったね」

 

――あの対決は、書いてて面白かった?

 

中島「いちばん面白かった。瑠璃子が純潔を失ったら、登美子は「やっと私も普通の主婦に戻れるわ」って花に水やったりして(笑)。でも嘘だったってことがばれて逆上してね。ドラマって、シチュエーションを反復するうちに感情がどんどん増幅していく、そういうパターンを踏襲することで内容が高まっていくんですよ。ふたりの対決はその集大成でしたね」

 

――ところで、たわしコロッケはご自身が考えたんですか?

 

中島「ええ。なぜたわしだったかというと、コロッケと言いながらたわしを出すことで、主婦の嫌がらせ心と反抗心を出せるから。たわしとコロッケが似てたし、直也に抱きついたり懇願したりするパターンの中で、「新しい感情の表現としては何がいいかなあ?」って考えたら、日常使うたわしが出てきた。でも僕だったら、あんな新しいのじゃなくて使い古しの、針金が見えてるようなすり減ったものを出したね(笑)」

 

――勝平の女郎の真似と、対する直也の“オーソレミーオ”も?

 

中島「(笑)勝平のキャラクターの面白さを広げて行きたかったんだよね。娼婦が客を引く真似をするのは、軍隊式のいじめで昔からあるやり方ですよ。直也がそこから逃れるためには、「ここは歌かな」って。最初からオーソレミーオを歌わせようと思って書いていたわけではないですけどね(笑)」

 

――多くの出演者が「とにかく台詞が多かった!」と語っていましたが。

 

中島「昼帯ドラマの枠は、ロケと登場人物の数に制限があるんですよ。例えば直也が「すずめ」に入りびたるのは、ロケ撮影ができないから。心情を「すずめ」で母親に話すしか表現方法がなかった。ロケができないぶん、台詞を書かないと話が展開しないんですよ。でも普通は枚数制限があるんだけど、この枠は好きなだけ書けるところがいい。65話で、全部で原稿用紙1900枚ぐらいになったね」

 

――登場人物で、印象に残っているのは?

 

中島「僕は、はま子が良かったと思う。ずいぶん助けられました。はま子がいなかったら、ヘンな人ばっかりだった(笑)。それと松尾(引用者註:松尾敏伸くんの種彦は、僕の思ってたのと全然表現が違ったんですよ。もっといかつい男をイメージしてたんだけど、非常に中性的だったから、「こういう手もあったのか!」って思った(笑)。でも彼が迫真の演技だったおかげで、かなり主婦層がひきつけられたんじゃないかな? 横山さんの瑠璃子は、清純で潔癖なだけの1部より、ちょっと悪女っぽくなった2部の方がイキイキしてたね」

 

――今後書いてみたいテーマはありますか?

 

中島「マジメな話を書きたいんだけど、キワモノ作家みたいになっちゃってねえ(笑)。今考えてるのは、実在した大正時代の貴族令嬢の話。運転手と心中未遂して、自分だけ生き残る彼女の話が書きたい。あとは幸徳秋水と、その弟子の坂本清馬の関係を描いてみたいね。今のドラマって映像で見せるものが多いでしょ? でも、視聴者がぎくっとしたり胸がゆすぶられたり、違和感をも感じるほどの台詞劇がもっとあってもいいと思うんだよね。嘘だと見破られないようなギリギリのフィクションで、濃厚なドラマ性があるようなものを作らないと、ドラマは面白くならない。でも、僕は押しつけるようなかたちのものは上質じゃないと思う。見てる間は退屈しなくて、面白くて、泣けて、時には笑えるぐらいの軽さでもいい。でも最終的には、胸に迫る感動で終わるような話を書きたいと思ってます」(「テレビブロス」2002年11月9日号より引用)

 

 運転手と心中未遂した令嬢の話は、中島脚本の『偽りの花園』(2006)の中で使われていた。

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