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藤子不二雄A原作ドラマ『愛ぬすびと』のシナリオ(脚本:佐々木守)を読む (1)

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 妻の入院費を稼ぐために結婚詐欺を繰りかえす青年・愛誠を描いた、藤子不二雄A『愛ぬすびと』(復刊ドットコム)。藤子Aの長いキャリアの中でも上位に位置するであろう傑作で、筋の面白さに加えて凝ったコマ割りやペンタッチも魅惑的で、ファンの間でも特に評価が高い。この作品は1973年に「女性セブン」に連載され、翌74年にテレビ化された。マンガの実写化もいまに比べれば少なかった時代で、その後見る機会もないこのテレビ版について触れてみたい。

 フィルムの所在が不明らしいテレビ版『愛ぬすびと』の唯一の手がかりは、国立国会図書館に所蔵されている台本である(全70話中10話分のみ)。脚本家の故・市川森一が中心になって発足した脚本アーカイブスには、1980年以前に放送されたテレビ番組の台本が2万5000冊収集されており、2014年から国会図書館にて一部が閲覧できるようになった。『愛ぬすびと』の台本が読めるのは、脚本アーカイブスのおかげである。

 

【ドラマ版の概要】

 『愛ぬすびと』がドラマ化されたのは東海テレビの昼ドラマの枠で、当時は15分だった(この次番組の『怪奇ロマン 君待てども』〈1974〉から30分に)。この枠については、後年の『真珠夫人』(2002)や『牡丹と薔薇』(2004)などアナクロニズムというかあえて時代錯誤を狙った作品の目立つ時間帯という印象で、先述の通りマンガの実写化の少ない時代に同時代の作品を取り上げるのは意外な気がした(『愛ぬすびと』が最初の単行本〈小学館〉にまとまったのは1978年で、連載の翌年で単行本すらない時期にいち早く映像化されたことになる)。ちなみに次番組『君待てども』は円谷プロダクション制作のオカルトドラマで、70年代のこの枠は挑戦的な企画が多かったとおぼしい。

 脚本は佐々木守馬場当、大藪郁子ら。佐々木は『ウルトラマン』(1966)や『ウルトラセブン』(1967)、『怪奇大作戦』(1968)、『シルバー仮面』(1972)、『赤い運命』(1976)など多数のテレビ脚本を手がけ、映画『日本春歌考』(1967)や『儀式』(1971)など大島渚監督作品の常連脚本家でもあった。『ウルトラマン』『怪奇大作戦』での担当エピソードは特に名作として語り継がれており、筆者は佐々木守といえば『ウルトラ』『怪奇』か大島渚を想起する。一方で佐々木は、萩尾望都原作のドラマ版『11人いる』(1977)の脚色や水島新司『男どアホウ甲子園』(秋田文庫)の原作も手がけているゆえ、マンガに強いライターということで起用されたのかとも深読みしたけれども、調べるとこの時期の佐々木は東海テレビ昼ドラ枠に頻繁に登板しており、おそらく内容に関係なく声がかかったと想像される。

 佐々木は2年後に、同じ昼ドラ枠でオリジナル脚本の『三日月情話』(1976)を発表していて、主人公の主婦が常世の一族と大和朝廷の流れを汲む久米一族の戦いに巻き込まれていくという怪作だった(こちらはCSで再放送されている)。後述の通り『愛ぬすびと』の台詞でもわずかに「常世の国」が言及される。

 メイン演出の松生秀二は、昼ドラを多数撮っているディレクターで、後年のヒット作『華の嵐』(1988)や『ラストダンス』(1990)などにも参画。

 制作会社の近代放映は、2年後の1976年に倒産した。

 

【第1週/第1話】

 詐欺師・愛誠は最初のターゲットの北山昌子と、原作では結婚披露宴で出会う。そして誠の話術に魅せられた昌子は肉体関係を持った後で、誠に病身の妻・優子がいることを告げられてショックを受けるところで原作の1章(連載1 回目)が終わる。

 シナリオでは、旅行代理店で働く誠(柴田侊彦)が、海外旅行のチケットを客の昌子(奈美悦子)たちに配るシーンでドラマが開幕(原作では旅行がらみのエピソードは後に出てくる)。女たちが「そうね。十万円ぽっちじゃ、どうしようもないかもしれないわね」などと話していると、誠が「ぼっちってことはないでしょ、十万もあったら」と言い出す。

 

女C「(笑って)何言ってんの。あんた、逆らう気?」

誠「そんなつもりじゃないけど、世の中には十万円で泣いてる人もいるってことですよ」

昌子「現実的な話しないでよ。せっかくこっちは楽しんでるのにさ」

誠「どうもすみませんでした」

女A「そうよ、気にならない顔してるくせに、あんまり気になるようなこと言わないでよ」

女B「みんな、ちょっとひどすぎるわよ」

昌子「いいよ、こいつ私たちのおかげで仕事ができてるっていうのに、つまらないおせっかいするんですもの」

誠「失礼しました。せいぜい楽しい旅行をして下さい(と去って行く)」

 OLたち、気にもとめず、かたまって話し始める。

 昌子がふと顔をあげて、去って行く誠をみつめる。

昌子「わるいことしちゃったかな、やっぱり」

 

 誠は会社に戻り、江崎支社長(弘松三郎)に前借りを頼んで断られる。同僚の立花(武藤章生)は誠を気遣う。立花は誠にハンバーグを分けてやったり、入院費を貸したりする優しい人物(原作では立花はもっと後に登場し、あまり好ましくないキャラとして描かれている)。病院では、事務長に入院費を請求される。

 

事務長「奥さんの病気は、とにかくゆっくり静養することと、気長な治療が必要なんです。それなのにこういうことでは…」

誠「お願いします。必ずなんとかしますから、優子にだけは、内緒にしておいてください」

事務長「わかってますよ。僧帽弁狭窄症。心臓病には、ショックや心配がいけないことは承知しています。しかし、そんな花束なんか買うお金があったら、なんとかならないんですか」

誠「(花束を抱いて立ち上る)ぼくが花束を買おうが買うまいが、よけいなお世話です。お金は、必ずなんとかします」

 

 誠が妻・優子(梶三和子)に花束を渡すと、隣の患者・岡村(矢吹寿子)に「若い人はいいわね。でも、いつまでもつかしらね。奥さんが入院しっぱなしじゃ、かわいそうね。ご主人も」などと言われる。原作で岡村が言及されるのは4章である。

 ラストでは昌子が謝罪に訪れていっしょに食事することに。昌子は「さっき、あなたがヨーロッパへついて来てくれるのかっていったのは、ほんとの気持ちよ」などと告げる。誠は心の声で「優子、許してくれ。おれは、初めておまえ以外の女の肩を抱いてる」などと言う。

 原作では数章かけて説明する設定を、シナリオでは第1話(15分)のみでかなり明かしてしまっていて、その目まぐるしさにいささかとまどう。脚本の佐々木は、自身の方法論として第1話から面白いアイディアは出し惜しみせず可能な限りつぎ込むと話していたようだが、これほどばらしていいのかと読んでいて不安に駆られた。(つづく)