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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

藤木孝 トークショー レポート・『乾いた花』(1)

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 『瀬戸内少年野球団』(1984)、『少年時代』(1990)などで知られる篠田正浩監督は、1980年代以降は大作映画の手堅い作り手という感があるけれども、60〜70年代は『美しさと哀しみと』(1965)、『心中天網島』(1969)といった作品での実験的な演出により時代を牽引する映画監督であった。その初期作品『乾いた花』(1964)は、石原慎太郎原作によるクールなノワールである。

 

 出所したやくざ(池部良)が賭場で出会った謎めいた女(加賀まりこ)に心惹かれた。ふたりを無言で見守る男(藤木孝)。

 

 不気味な男・葉役を演じたのが藤木孝で、テレビ『キイハンター』(1970〜1973)や翻訳劇・ミュージカルなどに多数出演してきたベテラン俳優。筆者にはテレビ『パパはニュースキャスター』(1987)や『相棒』(2006)、『不毛地帯』(2009)などでの見る者に緊張感をもたらす、あくの強い演技の印象が強い。

 藤木孝はツイスト歌手として人気を博しながら、そのキャリアを捨て去って役者に転身。その潔さには驚かされるけれども、経験ゼロの状態から現在まで努力を重ねたことが推察される。篠田監督とは、『涙を、獅子のたて髪に』(1962)と『乾いた花』にて組んだ。

 6月、阿佐ヶ谷にて故・池部良の追悼特集で『乾いた花』がリバイバル上映され、藤木孝氏のトークショーが行われた。上映の際、藤木氏も後部の補助席(混んでいたので他の観客に席を譲って、ご自分は補助席へ…)でご覧になっていた。聞き手は志村三代子・都留文科大学准教授が務める(以下のレポはメモと怪しい記憶頼りですので、実際と異なる言い回しや整理してしまっている部分もございます。ご了承ください)。

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藤木「(『乾いた花』を)見るのは50年ぶり。自分を見たいと思って、きょうは参りました。しかし、作品に見入ってしまいましたね。21世紀のいまでも新しい。テクニックに古さを感じないですね。ワンカットワンカットが本当に綺麗。(自分の姿を見ると)夢の中で生き別れになった息子に会ったじいさんのような気分です。

 ぼくは歌手でありまして、「24000のキス」という曲でデビューしました。当時はアメリカでツイストが流行して、アメリカの後で日本でも流行します(笑)。でも、本当に自分が唄いたいのはこれかな?と。そこで役者に転向しました」

 

 『涙を、獅子のたて髪に』では、藤木氏が主演。

 

藤木「『涙を、獅子のたて髪に』ではにんじんくらぶの若槻繁プロデューサー、篠田監督、脚本は寺山修司さん、音楽は武満徹さん、恵まれた素晴らしい映画でした。

 篠田さんも若くて、元気いっぱいでしたね。当時フランスで流行したことも、日本で流行る(笑)。フランスのヌーベルヴァーグが日本にも来て、篠田先生は日本の新しい波の先頭でした。

 これで藤木孝の演技さえ良ければ(笑)。『涙を、獅子のたて髪に』の試写を見て、自分は何て下手なんだと。いくらかいいのは、タイトルバックで唄っているところ(笑)。でも演技は大根で、あんな素晴らしいお膳立てをいただいたのに、もっとうまければあのチャンスを何倍に生かせたのに。

 (共演の)岸田今日子さん、当時『死刑台のエレベーター』(1958)のジャンヌ・モローを見たときは日本にこんな女優さんはいないなって生意気に思っていたけど、岸田さんがいたなって」

 

 加賀まりこ氏とは、『獅子のたて髪に』『乾いた花』にて共演。

 

藤木加賀まりこさんは、頭のいい女の子。ぼくよりもちろん年下ですが、台本の読み方、テストから本番まで演技に集中する姿を見ていると、冷静にいろいろ計算しながら、でもハートは燃えている。演技は、ただ泣いたりするだけでは、自分が気持ちいいだけ。醒めて踊る、相反したことをやるのがコツです。加賀さんはあの若さでそれができていて、天性の女優さんですね」(つづく)

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