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私の中の見えない炎

おれたちの青春も捨てたものじゃないぞ まあまあだよ サティス ファクトリー

中野昭慶 × 島倉二千六(島倉仁)× 三池敏夫 トークショー レポート・『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』(2)

【『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』の特撮現場 (2)】

中野「森のセットはヒムロ杉。『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)のころから使ってるって噂だよ。ヒムロ杉の中でも、何とかヒムロ杉は大木みたいに見える。これは植林していて、大道具さんは植木屋さん。資源の無駄遣いはしてません(一同笑)。

 当時は、ロケハンのときに写真を撮ってもすぐには現像できない(からその場で確認できない)。助監督が撮るんだけど、“監督はここがいいかな”って考えて撮るのが大変」

三池「候補地は、最後まで行ってみてやっぱり最初のがいいとかいうこともある。だから全部撮っとかないと」

中野本多猪四郎さんは自然派だから、大島とか御殿場が好き。監督の好みを予想する、(自分は)優秀な助監督です。監督としてはダメだったけど(笑)。

 監督のつぶやきも聞き漏らせない。“ありゃダメだ”とか。円谷(英二)さんは“あそこはロング”とか、声が小さい。助監督は耳が良くないと(笑)

 逃げる人は(特撮の)円谷組が撮る。逃げる連中の荷物も面倒なんだよね。いま思うと、風呂敷とかあんなもの持ってかないね」

三池「(フランケンシュタイン役の)古畑弘二さんは、危険度も高かったと思う。木は生木だから素手で持つときっと痛いだろうし、満身創痍ですね」

中野「リハーサルではござを敷いて、本番ではマットを敷いてる。こっちで指示しないと美術さんは判らないから、俳優に怪我させないというのも仕事。怪我したら助監督の責任だから。バラゴンは中島春雄ちゃんだけど、いまも元気なのはぼくのおかげ(一同笑)。

 中島春ちゃんは地中に埋められて3、40分入ってる。地底怪獣だからね。彼は旧海軍出身だから水にも強い。普通の俳優さんはあんなに真剣にやらないのに、すごく真面目だよね」

三池「あんな荒々しい芝居なのに、几帳面なんですね(笑)」

 

 『フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン)』(1965)は、国内での公開後にアメリカ側の要請により撮り足されるという異例の事態となった。

 

中野「公開してるのに撮影してた。フランケンが水野久美を団地に訪ねていくところは、公開後に撮ったね。

 アメリカからのいちゃもんで、円谷さんも本多さんも怒った。撮影終わってるのに、何言ってんだと。向こうで公開するには、尺が足りなかったんだ。長編は90分以上で、89分だと短編扱いで値切られる。何とか2分撮り足してくれないかと。完成して、みんなで飲んだくれてたのに…。最終日まで団地のセットは使ってたんで、あしたこれをばらすよっていう直前だね。

 あの団地のセットだけで、美術さんは1か月以上関わってる。ロケハンして、実際にあるところをモデルにしてつくった。(モデルの場所を)さがすのは助監督だけど、どこか忘れちゃった(笑)」

 

 結末は、バラゴンを倒したフランケンシュタインが地割れに飲み込まれてしまうものと、突如山中に出現した巨大なタコと戦って相打ちになるものと2つあり、DVDでは両ヴァージョンが見られる。

前者も唐突だが、後者もあまりの脈絡のなさに(登場人物は「何だあれは」「タコじゃないか」)見ていて笑ってしまう。いま上映用のフィルムは、タコヴァージョンしか残っていないという。

 『フラバラ』の3年前の『キングコング対ゴジラ』(1962)にも、大タコは登場。『キンゴジ』では本物のタコが使われた。海岸へ行ってセットをつくり、海でつかまえたタコを置いたという。

中野「円谷さんはタコが大好き。『キンゴジ』でも、大タコで張り切ってたのは円谷さんだけ。あのときはタコだけで60匹使ったよ。タコに糸を巻いて引っ張ったり、棒でつついたり、最後はタコの目に光を当てた。スタッフってのは知恵者がいるよね。けちだから、使ったタコはみんな食材になって夕食はタコづくし。タコにいい想い出はないね(一同笑)」

 

 『フラバラ』のタコは、作り物である。

 

中野「円谷さんは、アメリカの『キングコング』(1933)みたいにコマ撮りで、大ダコを撮りたいと。でもコマ撮りをやってる時間がない。

 アメリカ人のプロデューサーは、タコはデビルフィッシュだからインパクトがあるということで、『フラバラ』でもタコに。スタッフは厭がるんだけど、アメリカ人は『キンゴジ』でやったろって言うから、円谷さんはじゃあやろうと。“中野くん、また沖へ行くか”って言うけど、行ったらまたタコ食わされるから厭ですと(一同笑)。山の中にタコが出て来るのは納得できないって言ったら、円谷さんは向こうが言うんだからしょうがないよって。

 この映画は無駄な苦労があった。タコとか撮り足しとかね」

【背景美術家 島倉二千六の軌跡 (1)】

 島倉二千六氏がトークに登場されるのは珍しいようで、後半は島倉氏中心のお話になった。

島倉「最初は独立プロで、小道具をやっていました。三國連太郎さんや田中絹代さんの道具係。田中絹代さんには“坊や坊や”って言われて(笑)。絵描きになりたくて東京へ来たって言ったら、背景に回してくれた」

日本誕生 【期間限定プライス版】 [DVD]
 

島倉『日本誕生』(1959)のラストに出てくるアニメの白鳥を描いて、工学合成もやった。でも同じ白鳥を何度も描いて厭になって、『宇宙大戦争』(1959)から現場に出て背景を描きました。

 特撮のステージへ行ったら、すごい雲(の背景)があって、写真かと思ったら、“これはエアブラシで描いたんだよっ”て言われて、“えっ描いたんですか!?” とても写実的で、こういう仕事やりたいなって」(つづく)

僕らを育てた背景のすごい人

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