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和田誠 × 平山秀幸監督 トークショー レポート・『快盗ルビイ』(3)

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 『快盗ルビイ』(1988)以後の3本の和田誠監督作品(『怖がる人々』〈1994〉、『真夜中まで』〈1999〉)には、ラストのタイトルバックで出演者がひとりずつ再登場するカーテンコールがある。

 

平山「カーテンコールで、小泉今日子のときは照明マンが8人ぐらいずらっと囲んで、いちばん綺麗にしようって。真田(広之)が嫉妬してましたね(笑)」

和田「舞台では、幕が下りるときに役者がお辞儀するんだけど、同じことを映画でもやりたいと思ったんですね。役者さんには地の顔に戻ってもらって、お客さんに紹介したいというか」

平山吉田日出子さんは、どこまで地か判らなかった」

 

 和田誠作品のスタッフによる忘年会?も毎年開催されているという。

 

平山「去年の年末、和田さんを囲む会で、(挿入歌の)「たとえばフォーエバー」を小泉さんとデュエットされたんですよね。あれはすごい(笑)」

和田「去年喜寿になったんで、サプライズをやってくれたんです」

 

【その他の発言】

平山「(撮影中に)監督はぎっくり腰になりましたね。チーフとしては、スケジュールもこなさなくちゃいけない。強引に椅子を用意してもらって、無理やり撮ってもらった。真田くんのマンションのあたりですね」

和田「撮影に行くとき、早く行かなきゃって屈んだら、ぎくっと。スタッフもみんな親切で。真田くんは、(自分も)舞台でぎっくりいってつらかったって。小泉今日子ちゃんも慰めてくれるんですよ」

 

平山「真田くんが(小泉に無茶ぶりされて)やらないよって言うけど、次のシーンでやってるという(ギャグ)。それは間合いですから、現場でつくってる」

和田「そんなに綿密に考えてないです。絵コンテを描くときは考えたけど。『丹下左膳餘話 百萬両の壺』(1935)で、そういうのがある。でも意識してなくて、あとから同じことやっちゃったなって気がついた」

 

和田「真田くんと今日子ちゃんのデュエット曲をつくって、主題歌(『快盗ルビイ』)も自分でつくりたかったんだけど、ビクターの飯田久彦さんが、小泉今日子は大事なタレントだからちゃんとヒットソングをつくってる人じゃないとって。それで大瀧詠一がメロディをつくって、そこに合わせて詞を書いた。カラオケ行くとありますね。ぼくの名前がカラオケに出てくるのは、あれだけ(笑)」

 

和田「平山監督は、このすぐ後に『マリアの胃袋』(1990)で監督デビューされて、『ザ・中学教師』(1992)とか『学校の怪談』(1995)とか、日本一忙しい監督と言われて」

平山「いま暇ですよ(笑)。

 デビュー作ではお金がなくて、和田さんにポスターをお願いした。そのお金を和田さんに払っていないと思うんですよ(笑)」

和田「ポスターはお祝いですね。お金は取らない」

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【新作の構想】

平山「年末の和田さんの会では、最後に「東京の花売り娘」を唄ってお開きになるんだけど、そのときいつも次は時代劇やりましょうって言って終わる。時代劇は、やはり邦画の一翼を担うジャンルですからね」

和田「時代劇は、もう幕末もののホンもできてるんだけど。『上海バンスキング』をやった自由劇場の(舞台の)『幕末ちんぴら遊侠伝』(1976)。柄本明とか笹野高史さんとかが若いころやってて、あれが映画になったらいいかなと。

 以前はいまどき時代劇をやっても誰も見ないって言われて、でも最近はみんなあの人もこの人も時代劇撮ってるから(やめろ)って言われる(笑)」

 

 和田誠監督は、『真夜中まで』を最後に長年映画監督から遠ざかっているけれども、いまも十分お元気だし、ぜひまた撮ってほしい。それにしても喜寿には全く見えなくて若さに驚かされた…。

 『快盗ルビイ』の同時上映は短篇アニメ『怪盗ジゴマ 音楽編』(1988)で(トークの前に上映された)、この作品も秀作で、またの機会に触れてみたい。

 

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